女神の祝福

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女神の祝福

静謐な祈りの間に響く声は、今まで聞いたどんな声よりも美しく、不思議な音を奏でる。 そんな中、女神さまはどこか申し訳なさそうに口を開く。 『ようこそ、聖女ロザリア。しかし私はまずあなたに謝罪しなくてはなりません』 女神さまが……どうしてだろうか……? 『偽聖女メアリィの件です』 偽、聖女。やはりメアリィは偽物の聖女なのだ。 だったらどうしてメアリィに聖女の印が現れたのだろうか……?それから、聖女として思うがままに神聖騎士たちまで動かしたのだろうか? 『メアリィはの魂は元々ここではなく、別の世界からこちらに来たのです。そしてメアリィはここではない外の世界の『強制力』を使い、この世界をほしいままにしました』 別の……世界?異世界と言うことだろうか。しかし『強制力』とは一体何なのだろうか。 『その強制力の元では女神である私の力さえも制限され、神聖騎士ですらメアリィの思うがままになってしまう。確かに神聖騎士は聖女を守るために私が加護を与えますが……死ねば際限なくほかの神聖騎士が供給される……そんなわけはありません』 メアリィの言っていたことは通常のこの世界の仕組みではなかったのだ。 『かつて命を落とした神聖騎士もいましたが、当時の聖女は新たな神聖騎士を求めることはなく、最期まで彼を弔う心を忘れませんでした』 まさに聖女の鑑のような方だったのね。 『しかし、その歴史をも瀆すようなメアリィの言動、神聖騎士への暴虐の上に、国の名も、ヴェナートル公爵家のことも、彼女の強制力を垣間見た時に分かりました。彼女によるこの世界の『攻略』のために、変わったのだと』 まさか……ヴェナートル王国が曾祖父の時代にランゲルシア王国と国名を改めて、そして曾祖父がヴェナートル公爵家に追いやられたこと。そしてそれでもなおランゲルシア王国がヴェナートル公爵家なくてはやっていけないのに、存続し続けたこと。 ヴェナートル公爵家が王都では何もかもがランゲルシア王家のほしいままになっていたこと。 それが全て、来るときのメアリィの『攻略』のために用意されたものだとしたら。 メアリィが地上に誕生する前から、異世界から押し寄せたメアリィの魂により、『攻略』の都合のいいように徐々に強制されていた。 ヴェナートル家が公爵家じゃなくてはならなかったとしたら。 メアリィが『攻略』する国の名がランゲルシアでなくてはならなかったとしたら。 ……だからこそ、メアリィの強制力により行き詰まった祖父やお父さまは……領地で気付かれないようにもしもの時のために細工するしかできなかった。 『そうして長いメアリィによる『攻略』に動きだした世界への強制力のさなか、私も……神の冠詞をひとつ失ってしまった』 「それは……」 『女神と言う私自身です』 女、神……。 そうだ……女神。私たちは今まで『神』と呼んでいた。なのに今では当たり前のように『女神』と呼べている。 『彼女の持つ異様な強制力の前では神すらも、本来の神ではなくなる。そして創造神もまた、阻まれるかのように地上に干渉ができない』 「そんなことを……何故」 『本当に……世界に突如現れた脅威としか言えません。あれは異物以外の何物でもなく、本来ロザリアに与えられるべき聖女の印まで奪ってしまったの』 そうか……メアリィはお母さまの形見や公爵家だけではなく、この印すらも奪ったのね。 「けれど……メアリィの強制力は破綻したんですよね」 女神さままで押さえ付けた脅威である彼女がどうして破滅したのか。……いや、答えなら分かる。 「フィーロ……?」 「正確には……俺だが俺じゃない」 それはどう言う意味なのだろう。 『フィーロの神降ろしを見たでしょう?まさにあれこそが切り札でした。強制力と言うなの未知の力を破壊できる存在がひとつだけある。それはメアリィの描いた筋書きすらも打ち破り、それに捕われない』 「破壊の神ヴィータですね」 メアリィの強制力を打破するためにうってつけの神がこの世界にはいる。女神さまと表裏一体であり、一説では弟であると。 『あの子は半人半神であるがゆえに、地上に脚をつける。神の器である人間に降りることで地上に顕現します』 つまりフィーロは神の器だと言うこと。 『普段はやる気のないあの子が』 クスクスと笑う女神さまは嬉しそうだ。 「どうしてかねぇ」 フィーロは何か知ってそうだが……どうしてかはぐらかす。 『あなたたちの運命の出会いが導いてくれたのかしら』 運命の……出会い。 確かに、あの時泣きじゃくる小さな私をフィーロがなだめてくれなければ、きっかけが生まれなかった。 そしてフィーロがヴィータの器だからこそ、フィーロと共に異物を排除するために動けた。 きっとヴィータが動こうとする何かもあったのだろう。 『あなたは自慢の弟よ』 まさしくこの世界をメアリィの強制力から解放した救世主だから。 すると、フィーロの中で照れたように笑う白髪の神を見た気がした。
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