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【side】寂れた祭壇
寂れた石造りの祭壇の前で跪くのはひとりの騎士だ。
「お目覚めですか、我が主」
「……エレミアス、お前か。今度はこの身体か」
知らぬはずなのに見覚えのある男を、神はそう呼んだ。
「どの器だろうと、私はどこまでもついて参ります」
この男は……神の器が現れる時必ずどこからか現れる。
何百年……いや、何千年も、神代から姿かたちが変わらない。神の記憶を垣間見れば、まるでそれが義務だったかのように、神が微笑んだ。
「そうか。それならいい。せいぜいこの器を守ってやれ」
「御意」
それが神の中で見た最初の記憶である。
――――
俺は帝国城には寄り付かず、神の器としての側面を抱えながら、あちこちを放浪していた。まぁ、気になることがあれば兄たちに報告はするものの、基本は自由だ。
冒険者としての隠れ蓑もあるわけで、誰も俺を皇子だなどと思わず……。
「ランゲルシア王国……帝国とアソーモスとの国境を抱える国……か。アソーモスのものになれば帝国としても厄介だが、国名が変わってしまったゴタゴタから、アソーモスの中に組み込まれるのは忌避する傾向がある……か」
その上前宰相がいたころは徹底的にアソーモスの間諜たちを追い出していた。今は……。
「帝国の間諜の方がシェアを独占しているから、前宰相亡きあとも追い出している……」
まぁ、そうなるだろう。しかしながら前宰相の時代に帝国の間諜も排除しなかったのは何故なのか。
こんなにも弱体化しているのに、国民の忌避だけでアソーモスの侵略から逃れられるのか。帝国すら、未だにランゲルシアを手に入れていない。まるで何か不可思議な力の波に邪魔されているかのようだ。
――――ヴィータの力があれば、その波などへっちゃらだろうが、ヴィータがその波をどうこうする理由もない。ヴィータは確固たる目的や理由がなければその絶対的な力を行使したりはしない。
……優しい神だから。
それはこの世界が未だに存在していることが証明している。
「あの国に、行ってみるか」
親父たちも気になっていると言えばそうだ。あの国に寄り付かなかったのは……失恋だなんて言えるわけがない。あの子には婚約者がいたそうだから。
「へぇ、行くの?」
そうおどけた調子で言うのは、器を守る騎士だ。
「不思議な国だよねぇ。正統な血筋から王位を奪ったのに、その血筋に頼りすぎだなんて」
この男はただ長生きな訳ではない。執務でも冒険者の仕事でも何でもできるのだ、本当に神の業のような……。
「そんなことはない」
そう苦笑する騎士は、俺の考えすらも読み取ったように答える。
「行くのなら……ヴィータに報告がしたい」
「いいよ。祭壇に行こうか」
地上から追われたと言う神の祭壇は寂れながらも世界各地に残っている。
「どうしてなんだろうな」
「昔の人間は知っていたんだよ」
「何をだ?エレミアス」
「ヴィータと言うのは『生命』と言う意味だ」
生命すら破壊できる特性を持つ神が、どうしてその名を持っているのだろうか……?
「自分たちにとってなくてはならない存在だと」
確かに……生命を司る神ならば、ヴィータは人間……いやこの世界の全ての生命になくてはならない存在である。
「だから祀ったし、その意味を未だ受け継ぐものがいる」
それは俺の母であり、ヴィータの導きの元探せば分かる。祭壇の場所も、エレミアスが記憶している。
寂れながらも、まだ手入れの後が見てとれる石の祭壇の前で、神降ろしの儀を執り行う。
「……」
「我が主」
エレミアスが主の顕現を告げると共に、俺の意識が完全に受け渡された。
「あそこは気になる……。あそこには……異物がある。神の領域に分け入る不届きもの」
「……異物……?」
「あの地に分け入るのならば、恐らく祭壇を介さず我を呼び出すことになろう。これには負担をかける」
そこまでやわじゃない。
「そうか……頼もしいな。それから……」
ヴィータ……?
「……お前は、長らく顔を合わせていない姉と顔を合わせるとしたら、どうする?」
さぁ……?神がやけに人間のようなことを問う。しかしヴィータもまた半人であることを思い出す。
うん……元々姉弟だったのだから……そうだな、たまには姉孝行してやってもいい。本人たちに言うと調子に乗るから、内緒にしてくれるとありがたいけど。
「そうか……お前たちのようになれればいいのだが……。内緒にはしておこうか」
そう言うと、ヴィータは再び俺に主導権を返してきた。
「姉弟ゲンカでもしてんのか?」
「さぁねぇ」
エレミアスはクスクスと笑うだけだったが。
俺は運命を変えることになる王国へと……足を踏み入れた。
【完】
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