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隠れ家
――――フィーロが連れてきてくれた隠れ家は、いりくんだ路地を進んだものの、内装はしっかりとしていて清潔だ。しかしものは少なく、キッチンと寝室のワンルームにベッドが置いてあるだけである。
「好きに寛いでて」
フィーロがベッドの上に下ろしてくれるので、ぽすりと腰掛ける。
「う……うん」
ベッドも……悪くない感触。思えば使用人たちには日頃の疲れはしっかり落としてもらいたくて、寝具は良いものを使っていた。
公爵家の使用人だもの。中位貴族の子女や、門下の下位貴族の子女もいたから喜ばれた。
メアリィはそれでも文句を言っていたが……。
男爵家出身のメイドが満足しているものを、平民出身のメアリィが嫌がると言うのは……彼女はどんな高級な平民暮らしをしていたのだろうか。
「あと……、手当てもしないとな」
そう言うとフィーロはベッドの下から救急箱を取り出し、私の膝の擦りむきを消毒し、絆創膏を貼ってくれる。
「痛まないか?」
「だ、大丈夫」
むしろ、手当てまでしてくれる優しさが嬉しい。
「取り敢えず何か飲むか」
フィーロは次にキッチンに向かうと温かいミルクを持ってきてくれた。
「ほら」
「……ありがとう」
フィーロからカップを受け取ると、ふうふうと冷ましながら口へ運ぶ。
何だか……懐かしいかもしれない。私が幼い頃に天国へ旅立ってしまったお母さま。
依頼母親代わりになってくれたのは屋敷の侍女やメイドたちである。
それでも彼女たちではない、誰かが昔こうして……それは、お母さまだったのだろうか。
「ロゼ……?」
ふと、フィーロが心配そうに私の顔を覗き込んでいたことに気が付く。
「その……いろいろ、思い出して……」
「ま、ゆっくりしてくといい。時間はまだたっぷりとあるんだ」
そう言うとフィーロは私の横に腰掛ける。
「……」
どうしてか、フィーロのその言い方が気になるのだが……。時間……何かを待っているのか……いや、ただ比喩よね。
「今日はゆっくり休んできな。夕飯は適当に作るよ」
「フィーロは……ご飯を作れるの?」
「そりゃぁな。一人暮らしだし」
そっか……。こうしてみると、貴族令嬢と言うのは使用人がいなくては何もできないものだ。
私には彼ら彼女らを守る力すらない。
家令と騎士団長を守る時だって、ただ権力に押し潰されるかのように、メアリィを押し付けられるしかなかったのだ。
邸のみんなは……無事だろうか。
考え込んでいれば、フィーロが夕飯を持ってきてくれた。
野菜を煮込んで簡単に味付けしたスープ。けれどそれは、どうしてか今まで食べたどんなスープよりも美味しい気がしてしまった。
しかし問題はその後である。
「さて、寝るか。ロゼはベッド使いな」
「でも……フィーロは……」
「床でも適当に寝れる。平気」
「そんな……っ、床でなんて……っ!私が床に寝ます!」
「怪我人を床に寝かせられるかよ。んー……んじゃ、こうしよう」
怪我と言っても膝の擦りむきくらい……いや、貴族はこれだけでも神殿の治癒魔法使いを呼びつける。貴族基準で言えばアウトかもしれないが、フィーロは平民……で、いいのよね……?
貴族基準で考えるほどではないような……気がする。以前平民出身のメイドが指に切り傷を付けてしまった時は、使用人や平民なら傷薬を塗って絆創膏が普通ですよと言われてしまったし……。よほどのことがなければ、神殿の治癒魔法使いを呼ぶほどではない……と言われた。
だからこれくらいは彼女が言ってたような、よほどのことじゃない枠に入るのではと思うのだが。
それともフィーロが過保護なだけだろうか……?そして、フィーロがひとつ案を出してくれた。それが……ひとつのベッドを2人で使うと言うもので。
「ほら、落ちないように」
そう言ってフィーロが抱き締めるような体勢を取る。大人の男性にこんなに触れたことなんて……っ。お父さまとハグをした時くらいしか知らないと言うのに……。
しかも、今日会ったばかりの男性となんて。しかし家主であり、こんなによくしてくれたフィーロを床に寝かせるわけにもいかなくて、恐らくフィーロも私が床で寝ることは承諾してくれないだろう。だから、フィーロのため……そう思って目を閉じたが……心臓の音がバクバクして……暫くは寝られなさそうだ。
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