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下町の飯屋
――――フィーロの隠れ家にお世話になって、2日が経った。フィーロは日中はどこかへ仕事へ出掛ける。その間私はフィーロにお願いして、繕い物をさせてもらった。刺繍くらいは……貴族令嬢のたしなみだもの。
でもフィーロはあまり持ち物を持たないようで、すぐに終わってしまった。
「脚は……だいぶ良くなった……から」
公爵家のみんながどうなったかだけでも……確かめに行きたいけど。
「フィーロに相談を……」
ここの場所が王都のどこら辺かも知りたいもの。
「……ロゼ?ただいま」
「お、お帰りなさい!」
するとタイミングよく、フィーロが帰宅したようである。
「なぁ、今日は飯屋に行こうぜ」
「ご……ご飯屋さん?」
「俺の飯よりも飛びっきり旨いからさ」
「フィーロのご飯も……美味しい」
「ははは。ありがとな。まぁ、でも。食ってみるのもいいんじゃねぇの?金の心配はすんなよ」
「でも……」
お世話になりっぱなしで、私はろくにお礼も返せていない。
「じゃぁ……繕いもんの礼ってのは?」
「全部……終わらせて……しまって……」
「じゃ、その礼ってことで」
「……っ」
ここは……お言葉に甘えてもいいのだろうか。フィーロに差し出された手をそっと取れば、フィーロが人懐こく微笑んでくれる。
「ついてきな」
「う……うん」
まるで下町出身の騎士たちのようなしゃべり方。でも嫌じゃないのは……彼らと交流して馴れていると言うよりも、多分……フィーロだからなのだろう。
そうしてフィーロと訪れた飯屋は、路地の先にあり、隠れ家と程近い場所にあった。周りも飯屋が多く、人通りも多い。だが所々に見える路地は、まだ私ひとりでは迷ってしまうかも。
「今日は2人、お任せで頼むよ」
フィーロに付いて来店すれば、フィーロの言葉に店の給仕が席を用意してくれる。
「奥座んな」
「うん」
相席が前提の大テーブルだからか、フィーロが壁側を勧めてくれる。
使用人たちが使うダイニングの大テーブルとも違う、本当に下町の飯屋。内装から家具、雰囲気まで……まるで違う。
やがて私たちの席に料理が運ばれて来る。
「お待たせしましたぁーっ!本日のお任せセットです!」
その声と共に、席に皿が置かれるのかと思えば、次の瞬間思っても見ない言葉を聞いた。
「ロザリアさま!?」
「……えっ」
私の……名前……?
「あ……いや、別人ですよね。つい最近まで勤めていたお屋敷の主に似ていたもので」
そう笑うオレンジ色の髪の彼女は……どこか見覚えが……。
「ディアナ」
確か、そうだったはず。
下町出身のメイドがいたはずだ。うちの門下の男爵家で経験を積んだからって、男爵家のお嬢さまの行儀見習いと共にやって来たはずよ。
「え……ほんとに……っ!その、取り敢えず料理を!」
ディアナは素早く皿を並べると、急いで厨房からもうひとりの赤毛の少女を連れてきた。
「ロザリアさま!」
泣きそうになりながら駆けて来たのは、ディアナの元々の主人のレベッカである。
「レベッカ……!あなたまでどうしてここに……っ!?」
「それが……っ」
レベッカとディアナが顔を見合わせる。
「ま、とにかく。お前らも座れば?店長だって少しくらいは大目に見るだろ」
そうフィーロが言うと、ディアナが渋そうな表情をする。
「ロザリアさまがあなたと一緒にいるのが一番不穏なんだけど」
ディアナもフィーロのことを知っているのかしら。でもフィーロと一緒にいると……不穏……?
むしろここ数日、穏やかすぎるくらいだったと言うのに。
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