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イグナルスの剣
――――イグナルスとは【未知】を意味する。その名を冠する帝国は、恐れるものを知らず、その先の栄光を手にするべく、大陸の覇権を握る。
イグナルス帝国民であることを決定付ける一節を口にしたフィーロは神聖騎士の前に立ちはだかる。
そんな……ひとりで神聖騎士をいっぺんに相手するなんて、いくらなんでも……っ。
しかしその時、フィーロが声を張り上げる。
「エレミアス!」
するとフィーロの隣に華麗に着地するひと影を見る。立ち上がった鮮烈な赤髪の男もまた、手に剣を握り締めていた。しかし……エレミアス……?どこかで聞いた名のような。
「はいはぁーい、おっ待たせぇ」
緊張したこの場の空気にそぐわないその口調が気になるのだけれど。構えには一切隙がない。
「しっかしこんなところで神聖騎士を相手にできるとは、光栄だねぇ」
「いいからアイツら纏めて蹴散らすぞ、エレミアス」
「え、エレミアス……!?本物か……っ!?帝国の狂騎士が何故こんなところに……!」
そしてエレミアスの名を聞いた神聖騎士のひとりが叫ぶ。あ……帝国の狂騎士。トールから聞いたことがある。帝国との戦場で見かけたら、まず逃げるべき相手だと。でも……味方、なのよね……?少なくとも……フィーロの。
「さぁて、どんな斬れ味か楽しみだよねぇ……っ!」
き……斬れ……っ!?いきなり不穏な言葉が飛び出した……っ!
「エレミアス!ロゼを恐がらせたら後で罰ゲームだ!」
「っえ――――っ」
緊張感も何もない答えだが、エレミアスは容赦なく神聖騎士のひとりに斬りかかり、そのひとりが剣で受け止める……が。
バキンッ!!
刃が折れる時は聖騎士の心が折れる時。そう言い伝えられる神聖騎士の特別な聖剣が……折れた……!
そして神聖騎士が剣を手放し慌てて距離をとり、もうひとりが出てくる……!
「何のその……っ!」
そしてフィーロが淡い光を帯びた幻覚が襲った時、激しい剣戟を叩き込み、2本目の聖剣を破壊した……!
フィーロまで聖剣を破壊できるの!?
「ちょ……っ、何なのよ、これ……!私の神聖騎士が!私の祈りを込めた聖剣が……!」
そう言えば神聖騎士の聖剣は、聖女が祈りを込めた特別製。だからこそ、折れることのない特別な聖剣と呼ばれるのだ。
「聖女さまここは退きましょう!この狂騎士が相手では!」
そう、メアリィを後ろに庇った神聖騎士を、メアリィは敢えてエレミアス側に……押したのだ。
「ちょっと!早くその狂暴な騎士を何とかしなさいよ!神聖騎士なんてひとり死ねばまた現れるんだから、問題ないでしょ!?あんたたちの誰かが死ななきゃ目当ての神聖騎士が一向に出てこないじゃない!」
メアリィは今、何を言った……?
確かに神聖騎士は、聖女を常に守る。さすがに公爵家までは付いてこなかったが、少なくとも神殿やここでは共にいる。
でもそれは、ひとり死んでも、また神によって神聖騎士になる素質のものが補充されるからそう言われるのだとしたら。
そして神聖騎士たちが思わず固まった瞬間。不意にエレミアスが剣を止める。
「あ~~あ、言っちゃった言っちゃった」
そしてシンとしたその場の空気を壊すかのように愉快そうに笑うのだ。
「このまま殺すよりも、放置する方が面白そうだねぇ」
「な……何で止まるのよ!さっさと誰かひとり殺しなさいよ!」
だからメアリィ……あなたは何を言ってるの?
「じゃぁ、お前を殺そうかな……?」
エレミアスが剣先を向けたのは、メアリィだ。そしてメアリィに忠誠を誓うはずの神聖騎士たちは、エレミアスがメアリィに剣先を向けても、動かない。
まるで何かの洗脳が、パッタリと解けたかのように。
「やだ……何で……?私は聖女よ……?神の愛し子……!殺すのは神聖騎士の方よ!私を殺したら、この国が滅ぶかもしれないわ!いいの!?」
「別にいいけど~~。むしろ、大歓迎っ♪」
エレミアスが嗤う。
「でも少しは抵抗してくれないと、つまらないから、俺の分をちょっとだけ残しておいてくれると嬉しいナァ……?」
メアリィはエレミアスの予想外の言動に完全に口をぱくぱくさせて天パっている。
「聖女ってさぁ、神の啓示を受けられるんでしょう?ねぇ、残しといてくれる?」
「……っ、そ、そのっ」
メアリィは完全に声が裏返っている。
「わ……私は、殺すな……殺すなって、か、神さまがぁっ」
メアリィの言葉は出任せか、それとも本当に啓示を受けているのだろうか。神ならば、聖女を殺すことは反対しそうだが。
「ハハハハハッ!何その陳腐な嘘!俺、嘘は嫌いなんだよねぇっ」
嘘……やっぱり嘘だったの……?でもエレミアスはどうしてそれが分かるのだろう。
「あ、あなたに、分かるわけ……っ」
「分かるさ……それにお前、本当に聖女……?」
エレミアスがニタァッと嗤う。
メアリィはその笑みに怖じけずいたのか尻餅を付いて震えている。
「た……助け……し……せい……騎士……」
しかしその呼び掛けに答える騎士はもういない。
「エレミアス」
しかしその時、フィーロがエレミアスの名を呼べば、エレミアスは元の屈託のない笑みを向けてきた。
「なぁに?ご主人さま」
「お前はその女と神聖騎士とのいざこざを楽しみたいんだろう?今殺すと楽しめなくなるぞ」
「あ……、それはそうかもー」
エレミアスがうんうん、と頷く。
「俺もお前らはきっちり懲らしめないと……と、思ってるからなぁ」
メアリィたちはフィーロにも怨みを買っているのだろうか。
「楽しみにしているぞ」
フィーロは笑み、そしてメアリィにそっと手を差し出すと、胸元のブローチをブチッと布を破るように取り外す。
「フィーロ……それは」
「今度会ったら、返してやんな」
フィーロが戻ってきて、ぽとりと私の掌に預けたのは……レベッカのブローチだ。
「けど、今は戻らん方がいいかもなぁ。帝国の密通者と思われるのは不味いし」
確かに、フィーロとエレミアスは帝国民。帝国民がランゲルシアにいることはおかしくはないのだが、帝国の狂騎士エレミアスがいるとなると……やはり間諜が疑われてしまうのも事実。
そしてその主人だと言うフィーロも……また。
「だから俺たちと一緒にいたロゼにも来てもらうぞ」
「……どこ、に……?」
「イグナルス帝国だ」
何となくそれは……想像していた。むしろフィーロはそのために私と……いや、それなら、どうして……。
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