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磨く
ヴィオラは戻ってきたユエに挨拶をした後、ジークハルトに客間に案内された。
「この部屋はバスルームも広いから
王子妃教育でここに来る日はついでにユエに磨いてもらって」
ジークハルトはそう言った。
「王子妃にふさわしい美しさを引き出すお手伝いをいたしますわ」
そう言ってユエは笑った。
それから、その笑みをとても意地悪なものに変えた後、ノアを見て「ヴィオラ様が美しくなったところを見て、自分自身の見る目の無さを実感しなさい」ときっぱりといった。
自信満々の様子に少しだけヴィオラは困ってしまう。
見た目に関しては勿論侯爵家の侍女がよくしてくれている。
けれどそれでも可もなく不可もなくといった状況だ。
そんな自信満々に言われてどうしたらいいのか分からなくなる。
「大丈夫ですわ。
ヴィオラ様は磨けば輝くタイプの原石です」
そう言われた後、男性二人を追い出したユエは、手際よく湯殿へヴィオラを案内すると、服を脱がせて、オイルだろうか、トロリとしたものが入った瓶を取り出した。
「ヴィオラ様はお好きな匂いはありますか?」
「いえ……」
好んで使っているものは無い。
ただ、その時思い浮かんだのが、本で読んだプルメリアという花だった。
南国の香りがする花だと知っているけれど、実物を見たことは無い。
一体どんな香りがするのだろうと一瞬関係ないことを考えてしまった。
「思い当たる香りがありますか?」
表情を作る練習はまだまだの様だ。そうヴィオラは思った。
「……プルメリアの香りを一度嗅いでみたいと思いまして」
ヴィオラがおずおずというと「では、次回ご準備いたしますね。甘くて素敵な香りですよ」とユエは言った。
体と地肌に瓶の中身と何か白いものを混ぜたものを塗られた後、ヴィオラは湯船につかる。
白いものは塩だそうだ。
「髪のパックをしましたら、リンパマッサージをしましょう」
「座ってることが多いですよね」と確認するようにヴィオラは言われる。
本を読んでいる時はほぼ座っている。
全く動かない。
そして、ほぼ毎日のペースで本は必ず読んでいる。
座っている時間はきっと長い方なのだろう。
「はい。動いた方がいいですか?」
そうヴィオラが言うと「王子妃教育でダンス等もなさってるのですよね」と言われる。
「ご無理のない範囲がよろしいかと思いますよ」
髪の毛にヘアパック用のぬるっとしたものを塗り込んでいる。
不思議な匂いに、内容が気になると、複数の植物の名前が挙げられた。
薬効のあるその名前を聞いて、薬臭い原因をヴィオラは知る。
その上からタオルを巻きつけて、ターバンの様にしたのち顔を軽くマッサージされた。
ここまではとても気持ちよかったし、お姫様の気分というのはこういう気持ちかもしれないとヴィオラは思った。
けれどそこからが辛かった。
湯船から上がって、湯殿に作られた専用の台にうつぶせに寝転ぶ。
そこに先ほどとはまた違ったマッサージ用のオイルをたらされて体をマッサージされる。
「んっ……」
漏れてしまった声は苦悶をあらわすものだった。
「いたっ、痛いですっ……」
思わずヴィオラが言うとユエはニッコリと笑って「そういうものです。繰り返すうちに滞っているものが流れて少しずつ痛くなくなりますわ」と当たり前の様に言った。
ヴィオラの体の肉がゴリゴリいっている気がする。
ユエの手で体中が揉み解されていく。
薔薇の香りだろうか。いい匂いがした。
「もう一度湯で流して、クリームを塗ったら今日はお終いです」
そう言われたときにはどっと疲れていた。
家でも毎日髪の毛と体に塗る様にとクリームとオイルを貰う。
ドレスをもう一度着なおすと驚く。
ウェスト周りが緩くなっている。
「別のドレスにしましょうか」とユエが当たり前の様に言った。
恐らく最初からサイズの変化を私にも確認させる目的でドレスを着させたのだろう。
「殿下から替えのドレスをお預かりしております。
少しお化粧もしましょう」
歌う様に言いながら淡い水色の上品なドレスを着せられ、髪の毛をとかされ、結ってもらう。
パーティーではないので緩く斜めに編み込んだ髪の毛をたらしてそこに花の形の髪飾りを付けられる。
それから日常にふさわしい化粧をされた。
それは厚さも色味も確かに日常用の化粧だった。
ちらりとヴィオラが見た、化粧道具の色味もごく普通のものに見えた。
「顔色がいい」
思わずぽつりと言う。
なんというか、顔の血色が良いのだ。
唇も頬もいつもより少しピンク色で、内側から透明感がある様に見える。
「まだまだ、これからですわ。
ヴィオラ様はどんどん美しくなりますわ」
そう言ってユエは笑った。
「こちらをお飲みください」と言って出されたハーブティを飲んでいると、ジークハルトとノアが再び案内されていた。
「今日のところはとりあえずという感じですが……」
ユエの言ったのは自分の事だとヴィオラは気が付いている。
驚いた顔でこちらを見ているノアの表情は驚愕に満ちている。
逆にジークハルトはどこか満足げだ。
「あなたも、自分の見る目の無さを肺腑にしみこませて、もう一度一から鍛錬なさい」
ユエはノアにそうはっきりと言うと、「本当に愚弟がすみません」と貴族のお手本の様な笑みを浮かべた。
その日はその後、何冊か勉強しておいて欲しいと本を渡された後王城を後にした。
屋敷に帰ると、侍女達やハウスメイドがヴィオラがユエから貰ってきたクリームをとても羨ましがっていた。
何でも、とても人気のある化粧品の店のものらしい。
貴族でもなかなか手に入れられないものと言われた。
何とかもう少し分けてもらってきて欲しい、そう言われてヴィオラは曖昧な笑みを浮かべた。
曖昧な笑みは案外便利なものだとヴィオラは気が付いた。
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