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凡庸な王子(※ジークハルト視点)
* * *
ジークハルトは普通の王子として暮らしているという自覚はあった。
普通の凡庸な王子として過ごし、凡庸な王として一生を終える。
歴史書にはほぼ書かれることの無い時代の王として生きて死ぬものと思っていた。
建国の王ではないので、そのような能力は必要とされない。
乱世の王ではないので、そのような能力も必要とされない。
国が滅亡の危機に晒されている訳でもない。
中継ぎの王として今の安定している治世を次の世に残す役目がジークハルトの仕事だと思っていた。
王子同士の後継争いが無かったとは言わない。
けれど自分が王になろうが弟が王になろうが、どちらにせよ凡庸な王が凡庸な治世をしたという結果になるだろうとジークハルトは思っていた。
弟が凡庸なのではなく、暗愚に近いと知ったのは割と最近の事だった。
ジークハルトは凡庸な王子らしく何も知らなかったし、知らされなかった。
愚かな弟が婚約破棄という暴挙に出たと聞いた時、自分がどんな反応をしたのかジークハルトは覚えていない。きっと随分と間抜けな返答をしたのかもしれない。
その後、弟の婚約者だった令嬢と自分の婚約者だった令嬢が隣国へ逃亡した。
その時になってジークハルトは事態の深刻さに、凡庸な王子でいることを捨てなければならないと悟った。
有力な高位貴族令嬢の相次ぐ国からの離脱。
国内での貴族のパワーバランスが変わるこの一連の騒動がもはや、平時ではない事をジークハルトももう気が付いていた。
隣国の王族と縁を結んだ公爵令嬢の事を他国の人間は皆知っている。
どういった経緯でそういう事になったかも把握しているだろう。
ジークハルト達王族は、公爵令嬢を捨てた王族として、もしくは、公爵令嬢に見限られた王族として今後外交をしていかねばならない。
しかも、彼女はこの国についてとてもよく知っているし、幼いころから宮中と密接に関連してきた。
彼女の知っていることは多岐にわたる。
アドバンテージのかなりの部分を失っての外交を今後は求められる。
近隣諸国から足元を見られる位の事を常に覚悟せねばならない。
今まで通りを踏襲した外交で何とかなる訳が無い。
凡庸な王子では到底対応不可能な状況だった。
ジークハルトは直ちに、才のある王太子になることを求められた。
王を支え、外交を担うために。
王子としての国内の政務を円滑に進めるための補助が必要だった。
それに、不利な状況の中で共に外遊を行える人物。
去っていった婚約者だった女性の立場が空き続けるのも外聞が悪い。
しかも変わってしまったパワーバランスをさらに滅茶苦茶にしない貴族令嬢。
候補にあげられた、かわいそうな生贄の令嬢はヴィオラというらしい。
本ばかり読んで、男の様に知識を付ける、令嬢らしからぬはしたない人間だ。という噂の人物らしい。
調査してみると事実、そうだという事だった。
必要な政務の知識を持って派閥争いが起きない。哀れな哀れな生贄の女性にジークハルトは同情した。
こんな不安定になってしまった情勢の王家に嫁ぐ彼女はとてもかわいそうだ。
少なくとも王子様に嫁げて幸せだわ。なんて思える状況ではないと知っている知識を持った女性の筈だ。
悲観しているであろう彼女とあったジークハルトはあまりに自然体なヴィオラに驚いた。
そしてどれだけの機密が漏れたのかの調査が忙しいだろうと心配していた彼女の頭脳の明晰さに少しばかり嬉しくなった。
彼女はジークハルトが予想したよりもはるかに多い知識を持ち合わせていた。
「それで、ノアは謹慎中という事ですか?」
側近のアインホルン卿が言う。
「まさか、そんな事する訳ないだろ」
今宮中は酷い人手不足だ。
国内の貴族ですら王家を舐めてかかる勢力さえいる状況で優雅に謹慎生活なんておくらせる余裕はない。
姉にぶん殴られて、ようやく現状に目を向けられるかもしれない男を手放せる余裕が無い。
「アインホルン卿も夫人に領地経営を手伝わせていると聞いた。
苦労をかける……」
ジークハルトの補佐をしているアインホルンは今相当に忙しい。本人が受け継いだ領地にまで手が回らず夫人と家令に任せる様になったと報告を受けている。
「いえ。家内も状況は理解してますゆえ」
国内でも状況をまだ正確に理解できていない貴族もかなりいる。
ただ、馬鹿な第二王子がいました。というところで思考を止めてしまった者、混乱に乗じて家門の利益を得ようとのみする者、そんな人間ばかりの中、側近である彼はよくやってくれている。
「殿下もその肩の荷を預けられる相手ができると臣下としても喜ばしいのですが」
アインホルンの続けた言葉は、執務を再開して集中し始めたジークハルトの耳には届かなかった。
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