気持ち1

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* * * 王子妃教育は現状の知識のおさらいをした後は、とにかく姿勢とダンスのために体を鍛える事と、体を毒に慣らす事、それから人を騙すための練習に費やされている。 人を騙す。そういう風に講師の人は一切言わないけれど、要はそういう事だ。 会話を逸らしたり、実際の心内と違う表情を作り、何かを含んでいる様に態と言ったり、逆に知らない事をさも知っているように言ったりする。 茶会や夜会、それ以外の外交の場で相手を掌の上で転がすための技術。 王子妃になるためのものなのか、間諜になるための物なのかよく分からない技術が日々ついていく。 前の婚約者もこのような感じで?と聞くと講師たちには曖昧な笑顔を浮かべられた。 王宮付きの侍女やその他もろもろの話を総合判断すると、妖精姫様はこんなことまではやっていなかったらしい。 王妃様と二人でお茶を飲んで交流したり、弟王子の婚約者である公爵令嬢と交流をしたりしていたそうだ。 ヴィオラは、私はあの王妃や男爵令嬢と交流するのは無理だ…と思った。 申し訳ないけれど、毒で体がだるくなっている方がまだマシだ。 人には向き不向きがあって、ヴィオラに王妃が向いているかというと向いていないけれど、それよりもあの女性たちと交流するよりかは、できる事がある気がする。 だけど、実際に何を求められているのかが分からなかった。 ヴィオラはジークハルトとの交流のための時間に思い切って訊ねてみた。 「王妃陛下や、弟殿下の婚約者である男爵令嬢と交流を持った方がよろしいでしょうか?」 ジークハルトはいつもの狐の様な笑みを浮かべたまま「え? 君そんな事がしたいの?」と意外そうに聞いた。 「いえ、そういう訳では……」 もごもごと言うと、ニンマリといった感じでジークハルトは口角を上げる。 案外この人も表情がコロコロ変わるのだとヴィオラが知ったのはつい最近だった。 「結婚後主に任せたいと思っているのは内政だよ。 俺が外交を主にやらざるを得ないから、その間の王子としての内政の補助。 出来れば貴族の離反を防ぐための社交もやれればいいけど、そこはおまけだから」 王子は言った。 「俺が婚約者に逃げられる前と後で、国としての状況が変わったのは理解している?」 「勿論です」 「そう。 じゃあ、君が本来背負わなくていい苦労をさせられているのにも気が付いてる?」 ジークハルトの眉が少しだけよった。 一応そこは分かっているつもりだ。 愛でられていたことが分かる前の婚約者と全く違う私。 求められている内容が全然違う事に気が付かない方がおかしい。 ゆったりと王妃とお茶会をして王妃にも好かれていて、きっとジークハルトにも愛しんでもらっていた少女と実務能力で消極的に選ばれたヴィオラを比べても仕方がない。 けれど、気が付いていますと答えることも、臣下の務めですとかしこまることもヴィオラにはできなかった。 上手く口が動かない。 人を騙すのは多分ヴィオラにはあまり向いていない。 「それで、あなたの負担が減るのなら私も嬉しいです」 そう答えるのがやっとだった。 ジークハルトは「そうか」とだけ答えた。 「国内をまとめ上げるという事で、王子妃候補として、孤児院の慰問などは行った方がよろしいですか?」 「そうだね。無理のない範囲でそろそろ始めてくれるとうれしい」 詳しくは彼に聞いてと、側近の一人を紹介された。 アインホルンと名乗った男は王子の腹心らしい。 「ヴィオラ嬢はとても美しく見える様になったから、きっと民から人気がでるよ」 ジークハルトは面白そうに笑った。 「すべてユエさんのおかげです」 相変わらずあの痛いマッサージ他、各種色々と顔に髪の毛に体に施されている。 体をマッサージされる時の痛みは大分落ち着いた。 「次はカッサマッサージですわ!!」と次々に色々と試されている。 侯爵家の侍女が羨ましいと何度もヴィオラに言う様になっている。 きっと令嬢として少しは見られるものになっているのだろう。 ジークハルトはその部分に関してはそれほど興味が無いように見えた。 それにヴィオラは少しだけ落ち込む。 落ち込んでから、何故落ち込むのだろうと思い返す。 本当になんで落ち込んでいるのだろう。
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