パーフェクトワールド

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パーフェクトワールド

「出過ぎた真似をいたしました」 ヴィオラはそっと手を離すとそう言った。 彼が求めているのはヴィオラの手ではないと思った。 実際彼の側近も“妖精姫”を絶賛していたではないか。 「君はいつも遠慮がちだね」 ジークハルトが言う。 「私は代わりにすぎませんから」 この国のほとんどが知っている事実だ。 代わりであるヴィオラが誇れることなど何もない気がした。 「ああそういうことか」 ジークハルトがヴィオラを見た。 もう眠そうにぼんやりとした顔はしていない。 キツイつり目ではあるけれど、目も細められてはいない。 真剣なまなざしがヴィオラを見つめる。 「前の婚約者は、俺じゃなくても別にいいって人だったんだ。 ただ、彼女にとっての“完璧な世界”で過ごしたいってだけの人だ。 俺が彼女にとっての完璧な世界を構成する要素だったから一緒にいただけで――」 そこで彼は一度大きく息を吸って吐いた。 「……多分彼女は俺を愛していなかったし、俺も別に彼女を愛してはいなかったから」 だから、今こうやって落とし前を付けるための準備ができている。 最後の言葉はとても小さなものでかなり近くにいたヴィオラだけに聞かせる様な声の大きさだった。 「でも、大切にはされていたのでしょう?」 ジークハルトの婚約者として引き合わされてからさほど経過してはいないけれど、その位の事は分かる。 彼はヴィオラにも真摯だったし、とても優しいと思える。 多分きっと前の婚約者にだって少なくとも同じだったのだろう。 「そうだね……。 国の為とはいえ、愛をはぐくめたらとは思っていたよ」 それは私にもそう思っていただけているのでしょうか? とヴィオラは聞くことができなかった。 自分の気持ちに気が付いてしまった今、聞くことは怖い。 それに、彼女の言う完璧な世界というのがどういう意味なのか分からない。 「彼女にとってあなたの隣は完璧ではなくなってしまったんですか?」 「そうだね。公爵令嬢という親友がいて、後ろ盾となって義妹となってくれて、伴侶である俺はいずれ王となって弟王子とも仲がいい。 姑である現王妃にも好かれていて、国は安定している。 そんな国で一番偉い王妃の座が彼女には約束されていた。 それが彼女にとっての完璧な世界だった」 それが第二王子の婚約破棄でぶち壊された。 彼女の中の理想の形が崩れてしまったという事なのだろう。 それが、この人との婚約をやめてしまえる理由なのだろうか。 そして目の前のこの人は、なんでそんな事を淡々と言えるのだろうとヴィオラは思った。 「彼女は別な場所でまた完璧な世界を作ろうとしているのですか?」 ヴィオラが聞く。 国を替えて、相手を替えて、彼女の思う理想の形に収まろうとしているという事なんだろうか。 「そうだね。彼女自身はそうしてると思ってるだろうね。 だけど――」 その後の言葉をジークハルトは飲み込んだ。 「本当に自分の家族を疑って、その行動を監視しなければならなくなるとは思わなかったよ」 最初に吐いた弱音を繰り返す様な言葉を言った。 「私だけは、あなたを裏切らないでいましょう」 ヴィオラには、確約の無いその言葉を伝える事しかできなかった。
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