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番外編:ノアについて(ノア視点)
「さて、私の言いたいことは分かりますか?」
貴族の邸宅にしてはシンプルな内装の屋敷の中で、正座をしたノア・フィッシャーを見下ろしながらユエ・フィッシャーは笑顔で言った。
新興貴族であるフィッシャーの家門の者が王子の側近となった際には一族をあげて祝った。
その位、彼の側近になった兄弟が誇らしかったのをユエも覚えてる。
それがこの体たらくだ。
「彼女が隠れ美人だったなんて知らなかったんだよ!!」
ノアが振り絞る様に言った。
遠い異国にこの体勢のまま太ももの上に岩を積む刑罰があるらしい。積んでしまおうかしらとユエは思った。
「まさか、私が怒っているのが彼女の見目についての判断だけだとでも思ってるの?」
「え?」
大人になった男がぽかんとしていても全く可愛くなんかない。
「そもそも見た目というのは生活を整えた上で手入れに時間と金をかければそれなりになるものでしょう?
騎士ばかり輩出している家門が貴族としてそれなりに見れてる時点で分からないの!?」
ユエが叫ぶように言うとノアはビクリと固まる。
「……ねえ、彼女に酷い事を言う前に少しはヴィオラ嬢の事調べたの?」
「まともな婚約者候補は他にはいない……その位は調べた」
婚姻するであろう年齢に近づいてからの婚約解消となったため候補者の名前がそれほど上がらなかった。
王子妃を務められる様な女性が他にはいなかった。
貴族達はそう囁き合っていた。
「婚約者候補は他にもいくらでもいたわよ」
ユエが口角を意地悪く吊り上げる。
「は……?」
じゃあなんであんな女がという言葉はユエのひと睨みで飲み込むしかなかった。
「彼女学園時代の筆記テストが全て満点だったのよ。
勿論、学園での成績が全てではないけれどね。
そもそも、あなたの仕える第一王子は少しばかり手を抜いていた節もあるし、単純に比較はできないだろうけど」
貴族の子弟が通う学園のカリキュラムはとても高度だ。
ジークハルトだって、相当優秀な成績で卒業していた。それを近くで見ていたからこそ側近として選ばれたのだ。
手を抜いていたなんて言いがかりだ!! そう叫びたかったけれどノアには無理だった。
ノアは最近の王子の働き方が今までと全く違う事をもう知っていた。
「ジークハルト様は本当に優秀な方だ」
「そうね。
その優秀な王子が、今一番必要としてるのは同じように優秀で共にこの事態に立ち向かえる方だとは思わない?」
妖精姫は美しかった。
愛嬌があった。
だから周りは彼女の事が大好きだったし、つい手を貸してしまった。
けれど、今の王子に必要なのは共に戦える仲間で相談相手だ。
それには彼と並べる優秀さが必要だ。
「あなた、王子の腹心のおつもりだけれど、彼の戦友を後ろから撃つような真似をしたのよ」
ひゅっ、という息を飲む音がノアの喉から聞こえた。
「何故、フィッシャー家と第一王子が手を組んだか本当にわかってる?」
「それはうちがまだどの派閥にも属していないからだろ。
どこかの派閥と繋がりが強くなりすぎる危険をおかさない。」
「あら、分かってるじゃない。
他の貴族にすげ替えようにも派閥があるし、平民を使う訳にもいかない。
彼はアンタを側に置くと決めた瞬間から他の選択肢は無くなってるの」
ユエがノアの太ももを蹴った。
ヒールのついてない靴でよかった。それでも長時間正座をし続けた足は強かしびれを訴える。
「アンタがしなければならない事はお分かりで?」
ちなみに、彼女うちの家門が海軍と海運でのし上がってきたことちゃんと知ってたわよ。
そう言われてノアは、彼女の事を本当の意味で何も知らないのだと気が付いた。
* * *
「大変に申し訳ありませんでした!!」
王子の執務室で作業をしていたヴィオラにノアは九十度の角度を付けてお辞儀をしていた。
「いえ、ジークハルト様を思っての行動ですから」
私は気にしておりませんわ。
そうヴィオラは微笑みかけた。
彼女の美しさは日に日に磨きがかかっている気がする。
それにしても怒らないのかと、ノアは驚いた。
目の前でヴィオラの視線が一瞬ジークハルトに移る。
ノアはジークハルトの護衛も兼ねている。動体視力には自信があった。
ジークハルトはヴィオラのその視線にすぐに気が付いた様で、目尻を少しだけ下げる。
長くお側にいるが、ジークハルトのそんな表情を見るのは初めてだった。
ノアは正直少しばかり驚いてしまった。
ジークハルトがそんな表情のできる人間だとは思ってなかった。
ノアの脳裏に浮かんだのは妖精姫とジークハルトが二人で過ごしている時の様子だった。
愛らしい妖精姫と王子様。
けれど、それよりもずっとこの二人は想い合っている様に見えた。
ユエが何故あんなにも怒っていたのかが分かった。
王子の側近として落第点だっただけじゃなくて、これでは王子の学園時代からの友人としても失格だろう。
「これからは誠心誠意、お二人のためにお仕えいたします」
ノアがそう言うと「なんか、憑き物が落ちたみたいな顔してるね」とジークハルトが笑った。
そうかもしれない。
二人には迷惑をかけてしまったけれど、嫌なこだわりが体から抜け落ちていった様に思える。
「そうかもしれません」
ノアがそう答えると、ヴィオラが嬉しそうに笑った。
それを表情を見て、ああ自分は何もかも見えてなかったのだと、ノアはもう一度頭を下げた。
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