敵の正体

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一睡もせずに夜を明かすと、空が明るくなってきた頃、執事がパンと水を持って部屋に戻ってきた。 「食事だ」 クリスティーナは、差し出された皿に一瞥もくれずに首を振る。 「安心しろ。毒は入っていない」 執事がそう言うが、クリスティーナは顔を背けたままだった。 本当は少しでも力を蓄える為に食べておきたかったが、今はとにかく悲しみに暮れる演技をして、相手を油断させなければいけない。 頑なな態度のクリスティーナに執事は小さく息を吐くと、机の上に皿とコップを置き、衝撃の事実を告げた。 「コルティア国から使者が来て、急ぎ国に帰らなければならなくなり、夜明け前に王太子夫妻はここを出発した、と国王陛下に報告した」 「…なっ、なにを」 クリスティーナは呆然とする。 「コルティアの付き人達には、王太子の体調がすぐれない為、これよりスナイデル王国の馬車で送ると告げ、先に出発し、道中の宿の手配をせよと命じてある。間もなく出発するだろう」 慌てて窓の外を見ると、見覚えのある付き人達が慌ただしく馬車に乗り込み、去っていくところだった。 (待って、行かないで!) 心の中で叫ぶ声も虚しく、馬車はあっという間に見えなくなる。 今まで冷静さを保っていたクリスティーナも、とうとう心細さに涙が込み上げてきた。 「そんなに悲しまなくとも悪いようにはしない。ただ少し、利用させてもらうだけだ」 クリスティーナは執事を振り返ると、鋭い視線で睨みつける。 「どういうつもり?」 「間もなく声明を出す。コルティア国王太子夫妻を人質に取ったと。そしてスナイデル王国はコルティアを支配下に置き、一気に諸外国に宣戦布告する」 目を見開いたクリスティーナは、次の瞬間ワナワナと身体を震わせた。 「何をバカなことを!執事一人にそんなことができるはずは…」 「そう、執事にはできない。だが、国王ならばどうだ?」 「…どういうこと?」 クリスティーナの声がかすれる。 (もしかして、この人…) ずっと胸の中にくすぶっていた違和感が、徐々にはっきりと浮かび上がってきた。 昨日、塔の窓からクリスティーナを見下ろしていたのは、おそらくこの執事。 60才くらいに見えるこの執事の面影が、妙に誰かと似ている気がしてならなかった。 「あなたは一体、誰?」 クリスティーナは目を細めてじっと様子をうかがう。 執事はゆっくりとかけていた黒縁の眼鏡を外した。 視線を上げた執事に、クリスティーナはハッと息を呑む。 (この顔立ち、スナイデル国王と似ている…) 遂にクリスティーナは、疑問の答えにたどり着いた。 この執事こそ、現スナイデル国王の兄なのだと。
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