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音無が「双眼鏡を構えて窓の外を見る」というのを始めたのは15歳のときだった。母親に頼んでつれていってもらったコンサートをもっと楽しみたくて、オペラグラスでステージを覗き込んだのが始まりだった。
座席に恵まれなくてもオペラグラスを通せば演者の顔がよく見える。というのは、今までに感じたことがない刺激的な体験だった。最初の2、3度はコンサートで演者を見ることだけに熱中していたが、そのうち観客席の方へ目をやるようになった。観客は演者の歌に熱中している者が大半だったけれど、あくびをして眠そうにしていたり、携帯電話の使用に夢中になっている非常識な客もいた。音無は好きな演者の歌を聞きに来ているはずの客の、考えられない態度にショックを受けたが、同時に、自分の知らない感情と出会えたような気がした。
見てはいけないものを見たような気がして、ドキドキが止まらないのも事実だった。
そしてひらめいた、街の中で使えばもっと刺激的な風景が見られるに違いないだろうと。
かれこれこの趣味を10年は続けている。最初は一般人も出入りできる高層ビルから近所の雑居ビルの中を観察する程度に好奇心は留まっていたけれど、そのうち歩道橋の上から乗用車の運転手の挙動を観察するようになった。
だんだん行動はエスカレートしていき、そのうち喫茶店の窓から店員の目を盗んでは双眼鏡を覗いた。
それで終わればよかったのに、揚げ句の果てに近所の住居用マンションに忍び込んで、同じことをした。住人に警察へ通報され、親を呼び出しての厳重注意を受けた。
その日以来、音無は自室でのみこの行為を行っている。性懲りも無く犯罪行為を続けるのは、外界と音無を繋ぐのは双眼鏡越しの視界のみだからだと彼が強く信じているからだ。
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