【短編】唇からメロディ

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 行動を制限されてから初めて覗き込んだのがシンヤの部屋だった。  初めてシンヤを知ったのは、シンヤが女の子を連れ込んでその子と寝ようとしていた場面だった。思わぬタイミングに思わず目を逸らしたけれど、カーテンも閉めずに生々しい快楽に身を委ねる2人を目撃してしまってからは、音無はちょくちょくシンヤの部屋を覗くようになった。  シンヤは自室だとTシャツにパンツしか着ていない。部屋は基本的に汚いし、食べたカップ麺が1日以内に片付けられることなんてことはありえない。かろうじて女の子が来る時だけは使用済みの下着は全て洗濯機へと突っ込まれるが、彼女が世話焼きらしくて掃除機をかけたり机を拭いてあげていた。  家でギターを弾くことは彼の習慣だった。安アパートの壁が薄いせいで隣の住民からはしょっちゅう注意されているようで「ちょっとくらいええやん。都会の人って心狭ない?」と、遊びに来る彼女に愚痴る事が多かった。  とはいえ引っ越す金もない彼は安アパートの一室で弾き語りの練習をし、夜中はギターを背負ってアパートを出ていき、1時間ほどで戻ってくる。恐らく近所の公園でギターの練習をしているのだろう。  だろう、というのは、音無がそう予想したからだ。本当はギターをしょってラーメンを食べているだけかもしれない。本当の彼の行動なんて音無には知る由もない。
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