【短編】唇からメロディ

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 恋について綴った安っぽすぎる歌詞もシンヤが口ずさめば壮大なラブストーリーのように思えたし、実際女の子はシンヤの歌声にうっとり聞き惚れているみたいだった。さらにシンヤは女の子の瞳を見て甘いほほ笑みを浮かべながら歌うものだから、初心な子はそれだけで心を奪われているようだった。そして実際心を奪われてしまった女の子は自らの大事なものをシンヤに捧げてしまうのだ。  性欲処理は本命では行わないというシンヤのプライドなのか、孤独に耐えられない寂しがり屋なのかは分からないが、音無は本命の子が可哀想だと思いながら一種のルーティーンを何度か目撃した。  男友達がシンヤのアパートを訪れることもよくある事だった。小さな折り畳みテーブルの上に買ってきたつまみを広げてビールを飲む。最近抱いた女の話や、バイト先での上下関係についての愚痴などといったどうでもいいしていると思えば、ふとしたことがきっかけで流行りのバンドの新譜について語り始めたりする。  そのときは全員が饒舌になり、空気を奪い合うかのように音楽の話で盛り上がる。しかし全員が一斉に壁の方へと目をやり、気まずそうに「怒られた~」とへらへら頭を掻いたなら、シンヤはギターと余った酒を持って、みんなと出ていく。多分、公園へ行って宴会の続きをするのだ。
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