甘えないでね

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 私の通う高校が、県内でも屈指の強豪として名をあげている部活動が二つある。  ひとつが、私がマネージャーとして所属していた野球部。  そして、野球部と肩を並べているもうひとつが、吹奏楽部。  強豪という呼び名を保ち続けている両部の練習は勿論生半可なものではなくて、時間だって他の部活動と比べたら長いものだった。立地が田舎なことも手伝って、気付けば私の学校の生徒で最寄り駅の終電を使うのは野球部と吹奏楽部だけ。  電車も一時間に一本あれば良い方だったから、練習が終わって駅に向かっても電車が来るまでに十五分も待つのが日常だった。  九時台の終電。微妙な待ち時間。  おなかが減るのは必然的だった。  学生が利用するだけあって駅は無人ではなかったけれど、窓口以外は簡素な待合室とお手洗いぐらいしかなかった。ただ、駅の近くにはコンビニがある。  ぐうぐうとおなかを鳴らしながら部活仲間と入った店内で、男子どもがわらわらとおにぎりなどの炭水化物に手を伸ばすなか、私はまっすぐにデザートが売っている冷蔵棚の前に向かった。家に帰れば夕飯が待っているのがわかっているから、胃袋が無限大な彼らに習って炭水化物を手に取るよりは、ちょっとしたデザートで小腹をなだめようと思ったのだ。  この際、カロリーのことは頭から追い出すことにした。ほら、たぶんこれなんか、丸くて可愛いからカロリーなんてゼロだよ、たぶん。  このとき私が手を伸ばしたのは、二個入りのチーズスフレ。  ラストひとつだけになったそれに心が惹かれて、美味しそうだと手を伸ばした先で、まるで少女漫画のように誰かと手が重なった。 「わ、ごめんなさい!」 「え、や、俺こそ!」  友人たちとは違う骨ばった手に、びっくりして手を引っ込める。けれど驚いたのは相手も同じだったみたいで、もうひとつの手もチーズスフレから飛び退いていった。思わず相手の顔を見上げた先には、まんまるになった目が私のことを見下ろしている。  私より高い身長。猫みたいなくせっ毛。  これが、吹奏楽部に所属したばかりの同級生、久住佑馬との出会いだった。  譲ってもらったチーズスフレのひとつを分けてあげたのは、なんとなく後味が悪かったからだ。どうぞどうぞ!なんてどこぞの芸人さんみたいに言いながら腰を低くしてじりじり後ずさっていく彼に、いったい私が君に対して何をしたんだと問いただしたい気持ちを抑えながら、一つ食べる?と提案した。今度はじりじりと近寄ってきて静かに拝まれた。怖かった。  若干、というか、かなり相手に引きつつ、けれど次の日駅の待合室でもちもちのどらやきを頬張っている彼に「それ、美味しいの?」と話しかけたのは私の方だった。いやだって、何味だったかはもう忘れてしまったけれどそのとき久住くんが食べていたのが期間限定のやつで、気になってはいたもののなんか手に取るにはチャレンジ精神が必要なやつで、つい。  それがきっかけだったのは間違いない。 「おつかれー。久住くん、今日は何食べてるの?」 「んー? これこれ。期間限定いちごのシュークリーム」 「あー、それ美味しいよね。私も好き」 「バナナクレープで思い出したんだけど、今度、隣の駅前にクレープのキッチンカーが来るらしい。成瀬、知ってた?」 「知らなかった。キッチンカーって、確かおかずクレープとか出してるところのやつ?」 「それそれー。デザート系もおかず系も全部美味いよな、あそこ」 「みてください。今日はリニューアルを謳うマカロンです」 「どこがリニューアルされてるのかわかんないけど、久住くんとマカロンってなんかめっちゃ似合わないね」 「俺にもマカロンにも失礼だろ」 「うわ成瀬。それ」 「みて。爆盛り生クリームのミルクプリン。いまのとこ食べても食べてもプリンが出てこない」 「カロリーやばそ……」 「それは言わない約束でしょお!?」  部活終わり、電車待ちの少しの時間。  気付けば、コンビニのデザートを片手に他愛ない話をするのが、私と久住くんのルーティンとなっていた。
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