一線を越える夜

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「ここにはよく来るのか?」 「ああ。落ち着くんだ。」 確かに、店内の雰囲気といい、流れている音楽といいお洒落で洗練されている。 「お待たせいたしました。」 すると、先程、宝条が注文したウイスキーが届いた。 「藤堂、乾杯。」 「乾杯。」 俺はウイスキーを1口飲んだ。 そして、隣に座る宝条の横顔を見た。 相変わらず、憎いくらい綺麗だ。 「あのさ、さっきは俺の部下が悪かった。」 「え、」 俺の聞き間違えだろうか? 宝条が俺に謝っている。 そんなわけあるはずない。 「聞いてるか?」 「ああ。」 「藤堂は俺の想像以上に仕事も出来るし、気も効く。俺にとって理想の秘書だ。でも、まだお前のことを認めていない社員もいる。申し訳ない。」 聞き間違えではなかった。 宝条が俺に頭を下げている。 信じられない。 「風当たりが強いことくらい覚悟してる。気にするな。」 「ありがとう。藤堂さ、俺のこと嫌いだろ?嫌われても仕方のないことしたんだけど。」 「買収の件は、父親も俺も理解してる。それに、大切な社員を全員雇ってくれたから、誰1人路頭に迷わずに済んだ。」 「それなら…」 「でも、それとこれとは話が別だ。長年、宝条をライバルとして見てきたのに、突然、上司と部下だって言われて、俺の感情は滅茶苦茶だ。」 やばい、酒が回ってきた。 このままでは、余計なことまで言ってしまいそうだ。 「だからぁ、俺はお前のことを…」 「おい、藤堂。寝るな。」 遠くで宝条の声が聞こえたような気がした。
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