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峠は、スマホを取り出した。
声が吹奏楽に勝てない。文字を打ち込んで見せる。
『なぜこんなに部員が少ない?』
部長が答えた。
「昨年のコンクールで、審査中にステージで勝手に歌ったら注意された! 校長が『高校の恥』だと怒りに怒って、大会参加禁止になったら、みんな辞めた」
『なぜステージで歌を?』
「審査中は暇だ!」
峠も、そろそろ部長に驚かなくなってきた。
「だが校長が変わって、禁が解かれた! 峠が入学したと知った! きっといいことがある!」
標野は峠に、課題曲の楽譜を渡した。
『自由曲は何を?』
「コレから決める!」
部長は、楽譜の山を床に広げた。
「どれにする?」
候補を絞り、少し弾いて歌い合わせる。
「紫野、音が高すぎるか?」
「野守が目立ちすぎる」
「スノーシスターズが上手く噛み合わないな」
「この曲オレ嫌い」
「峠キツそうだな。一旦休み」
なかなか決まらない。
部長が席を外した間に、紫野が言った。
「部長疲れるでしょ、アイツ昔からああなの。私、幼稚園の頃から知ってるけど、幼・小・中と、トラブルのない年はないよ」
『みなさんなぜ部に残ったのですか?』
「私らには丁寧語使うの? アハハいいよ使わなくて。残ったのは、怪獣にはお守りが必要だから…あ、歌うのは好きだよ、シメちゃんと二人で歌ってSNSに上げたりしてる」
標野と野守を見る。
「私は…ムラちゃんと一緒にデュオ組んで歌うの、好きで。さっき部長も言ったしょ『スノーシスターズ』。私たちどっちも『ゆき』って名前なの」
二人は、合わせ鏡のようにポーズを決めてみせる。顔は似てないのに、不思議と双子のようだ。
「ボクは、推しの歌を歌う場所が欲しかっただけで」
野守が言う。痩せた身体から低い声を出す。
「家じゃ練習できないから…イベント前に部室で練習させてもらってる」
「オタ芸のキレ、ヤバいから今度見せてもらいなよ」
「ボクはまだまだ。キミたちの方が見事だ」
「アハハ」
二人のゆきは笑って、昭和の女性デュオの曲を踊り付きで披露してみせた。野守が合いの手を入れる。
『合唱部で、振りと応援…?』
困惑しながら、峠は歌う二人に手拍子をつけた。
「おっ宴会か?」
部長が、ペットボトルを抱えて帰ってきた。「先生から」と、水のボトルをみんなに渡す。峠には「これも」と、入部届を渡した。
「なんで合唱部にいるか、話してたとこ」
「なるほど!」
部長は窓枠に軽く腰掛けた。そこが定位置らしい。
「そういやアンタがなんで入ったか、聞いたことないね」
「体育会系の方が向いてそうなのに」
「そうか! では話そう、歌に感動したからだ!」
「「「感動⁈」」」
一斉に聞き返す部員たちに、峠は笑いそうになった。
「いま大江高にいる中野、アイツのおかげだ」
「あー。中学ん時はアンタと一二を争う問題児だったけど、仲良かったんだ?」
幼馴染の紫野が解説を入れる。
「全然仲良くなかった! だが、三年の時『歌を聞きに来い』と頼まれた。そんなに言うなら、と行ったら、アイツは歌ってなかった」
「?」
「指揮者だった。だが指揮も、歌も素晴らしかった! 結果は三位だった。オレは感動した! 大人数で歌っているのに、歌声が一つに感じた! 中野も、所構わずオレに喧嘩を売ってきたアイツとは別人だった! そういえば二年の夏以降喧嘩してなかった、見直した!」
四人も、部長を見る目を少し変えた。
「オレも、やってみたくなった! だが中三は入部出来ない、だから高校で入った!」
その純粋な熱意と、結果起きたことを思い、四人は気まずく下を向いた。床には楽譜の束がまだ置きっぱなしだ。その中の一曲が目に入り、峠は苦笑した。取り上げると、三人も笑った。
「あっ」
「え?」
「ふふ」
部長まで笑った。
「ははは! いいだろう、怪獣直々に歌ってやる! 弾けるか?」
峠は頷くと、バラードにしては明るいメロディを弾き始め、四人は歌った。
それは、愛と海に憧れ砂漠を旅立つ、怪獣の歌。
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