3.十路迷子-7

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3.十路迷子-7

 目的地のマンションは先日行った児童が失踪した事件現場から歩いて行ける距離にあった。  今日は戸草(とぐさ)が付近まで車を運転し、名護(なご)と二人で聞きこみに来た。  今回事件の情報を得たのは自分なので広報課には後で情報共有すればいいだろうと戸草は考えた。  名護を連れてきたのは二人で行ったほうが話が早いだろうということとこれ以上機嫌を損ねるのは個人的にも嫌だったためだ。  幸いと言えばいいのか、名護は普段通りの落ち着いた雰囲気に戻っていた。  マンションの敷地内に入る。  ちょうど学校は終わっている時間で子どもたちがマンションに備えつけられた小さな公園のような場所の遊具に群がっていた。  どうやらなかなか裕福な層の住居らしい。建物は新しく壁が綺麗で家ごとの区切りも大きい。  子どもが遊んでいるのを何人かの親が談笑したり、小さな子をあやしたりしながら見ていた。  戸草は一人気になる人物を見つけた。  人の輪からはずれ、ぽつんと一人でベンチに座り子どもたちを眺めている女性がいる。  まとっている雰囲気が暗いような気がして近寄ってみた。 「失礼します。少しお時間よろしいですか?」 「はあ……」  不審そうな目を向けられる。  疲れた顔をしている。  見た感じ、四十代くらいの女性だった。  髪はパサつき肌もどこかくすんでいる。どこか不健康そうだ。  身なりを綺麗にすればなかなかの美人だが、服がところどころほつれていた。  目もどろんと濁っている。  あまりよくない様子だなと戸草は思った。 「警察のものです。このあたりで児童失踪の事件の捜査をしていまして」 「刑事さん?」 「はい」  戸草は身分証を取り出して見せた。  上から下まで戸草を見て、それから後ろに控えた名護を見てまた視線を戸草に戻す。 「お名前を伺ってもよろしいですか?」 「馬淵(まぶち)です」  ため息のように女性は答えた。  「どのような漢字かお聞きしてもいいですか」 「動物の馬に水際の淵と書きます」  手帳を取り出すと戸草はメモをとった。 「馬淵さん。つかぬことをお聞きするのですが……。このあたりで怪しい儀式を行なっているという話があるのですが心当たりはないですか?」 「……それが捜査に何か関係あるんですか?」  心証を悪くしたというより純粋な疑問として聞いているようだ。 「すみません、まだ確実なことは言えないのですが何か知っていることがあれば教えていただけると助かります」  馬淵はちらりと遊んでいる子どもたちの集団に目線を向ける。 「お子さんがいらっしゃるのですか?」 「はい」 「みんな元気でいいですね」  集団を見ながらそう言うと馬淵の目元が少し緩んだ。 「失踪した子はお知り合いでしたか?」   馬淵は考えるように視線を横に向ける。 「同じ建物に住んでいるので、名前くらいは……。でも、うちの子とは学年も違いますし詳しいことは知りません」 「そうですか」  話を聞く戸草の姿勢に気を許したのか、馬淵が言う。 「儀式、でしたね。うちの子が何か知ってるかもしれません」  静かで少しざらついた声色だった。 「気味が悪いからやめろって私は言ったんですけどね……。コウタ」  気味が悪い、のところで顔を歪める。  嫌悪感だろうかと戸草は思う。  呼び声に反応して子どもの中の一人がこちらを向く。  十歳くらいの男の子だ。  母親が手招きするととことこと歩いてきた。 「この人たちは刑事さん。……最近変な遊びに参加してるでしょ。あれのことについて聞きたいんだって」 「変な遊びじゃないし」  唇を尖らせて不服そうにコウタは言う。 「ちょうど今からやるところだよ」  ニッとコウタは笑う。無邪気な子供らしい笑いだ。  反対に女性は眉をひそめた。 「コウタ」 「まだー?」  友人らしき子どもたちがコウタのことを呼んでいる。 「いま行くー」  馬淵に背を向けてコウタは呼ばれたほうへ走って行った。  この年頃の子どもは親の言いつけより子ども同士の遊びのほうが大事なのだろう。  馬淵は渋い顔をして言った。 「やめなさい、って言ってるのに……」  口調が尖っている。  子どもたちが集まってわいわいと話している。  それから手を繋いで二組に分かれて並んだ。  何をしているのだろう。  気付くと名護は戸草より先に集団のほうに歩いて行った。 「ちょっと名護さん……」  慌てて呼ぶが聞こえていないようだ。 「失礼します」  そう言って馬淵の元を離れる。 「会話の途中で勝手に離れないでくださいよ」  名護は戸草のほうを見ずに言う。 「無意味だと思ったので」  どういうことだ、と思う。 「あの母親が儀式の内容について何か知っているとは思えません。ならば、実際にこちらを見たほうが早い」  子どもたちは二列に分かれて正面に並びあい、進んだり戻ったりを繰り返している。 「(はな)一匁(いちもんめ)、に似ていますね」  名護がぽつりと言う。  そんな遊びがあった気がする。もっとも、同年代と遊んだ記憶がほとんどない戸草はよく知らない。 「どんな遊びなんですか?」 「端的に言うと二つの集団に分かれて相手側と子どもを取り合うんですよ」  子どもを取る。  それが鍵なのだろうか。  今回の事件に似ていると感じた。  二人に構わず楽しげに笑いながら子どもたちは遊びを続ける。  その姿が少し異様に見えるのに戸草は気付いた。  具体的に何が、というと難しい。  全員が笑顔を貼り付けた仮面のような表情をしている。  子どもらしいというよりは不気味な雰囲気が漂っているように感じた。  近寄って声をかけてみる。 「何をしてるか教えてもらってもいいですか?」  瞬きもせず子どもは戸草を見ている。  それはやんちゃな子が虫を観察するような好奇心をもった眼差しだった。  次の瞬間ぐにゃりと顔つきを崩して笑う。 「いちごをとるんだよ」  いかにも楽しそうな声音だ。  いちご。  その言葉に戸草は驚いた。 「……それは誰から聞いたんですか?」 「教えてもらったの」  無邪気な高い声で言う。 「楽しい遊びをしようって」 「楽しい場所に行こうって」  シンクロしたように隣同士の子どもが伝言のように話す。  何か様子がおかしい。  困惑している戸草を見て子どもたちはクスクスと笑った。 「楽しい場所とはどこですか?」  名護が問いかける。 「教えなーい」 「私も連れて行ってくれませんか?」  笑みを浮かべて名護は言う。  危うい発言を咎めようかと思ったが言わせておくことにした。子どもが名護の質問に反応したからだ。 「あなたはダメだよ。子どもじゃないもん」 「子どもじゃないとダメなんですか?」  クスクス。  笑いの輪が広がっていく。 「そうだよ」  子どもたちは互いに言いあった。 「いちごやろうか」 「いちごをよこせ」  一歩進んで、一歩退がる。 「その子がいいな」 「あげましょうか」  一人が反対の列の子を一人選ぶ。  指差された子が前に出た。  別の列の子が次々手を伸ばして引っ張った。  痛いよ、と言いながらも子どもは笑っている。  反対側の列に加わると列全員の声を揃え言った。 「もーらった」
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