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3.十路迷子-8
子どもたちが解散したので、戸草と名護も馬淵の元に戻り戸草が小さく頭を下げた。
「ご協力感謝します。また何かあればお声がけください」
戸草はペンを走らせると手帳のページを一枚ちぎった。
「直通の電話番号です」
「……ありがとうございます」
困ったように視線をうろうろと動かしていたが、うつむきがちに馬淵は結局メモを受け取った。
「それではお邪魔しました」
背を向けて帰ろうとすると馬淵は上ずった言った。
「見つかるといいですね。いなくなった子」
「はい。発見できるよう捜査に全力を尽くします」
ぎゅっと胸の前でメモを握りしめるとよろしくお願いします、と小声で馬淵は言った。
消え入りそうな声に反して目は真剣だ。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
馬淵の様子を見ながら名護は正面から問いかける。
「なんでしょうか?」
「失踪した原因に、この遊びが何か関係あると思いますか?」
瞬間、馬淵の顔が強張った。
一度瞬くほどの間に元に戻っていたが不自然な間があった。
「いいえ。私は何も」
そう言って視線をそらす。
これ以上話すことは何もないというように。
「そうですか」
笑顔を浮かべて名護は戸草に帰りましょう、というように目で合図した。
「失礼します」
戸草がもう一度頭を下げる間に歩きはじめる。
新興宗教、か。その影は見えなかったなと思う。
少なくとも戸草にはただの子どもの遊びに思えた。
いやただの、ではないか。
おそらくあの儀式が今回のマガモノと関係がある。
「……あの母親何かを知っていますね」
「馬淵さんのことですか?」
少しこちらを信頼してくれたようだったのに、逆に警戒心を抱かせてどうするのだと戸草は思っていた。
帰りの車の中でぼんやりと窓の外を見ながら名護が言った内容に戸草は内心首を傾げた。
「さっき儀式のことについては何も知らないようだと言ったじゃないですか」
「儀式のことについてはそうだと思います」
回りくどい言い方をする。
わざとはぐらかして戸草が困るのを楽しんでいる時もあるが、今回は言葉に棘を感じないので名護の考えに戸草の理解が追いついていないだけのようだ。
「儀式の『内容』についてはです。儀式と失踪になんらかの関連があるということにおそらく気付いています」
「根拠は?」
「勘ですよ」
クスリと笑う。
論理を重んじる名護としては全くと言っていいほど似つかわしくない発言だ。
「刑事の直感というやつですよ。みんな好きでしょう?」
「本気で言っていないですよね」
「半分は」
名護は真顔になると言った。
「子供の捜索をよろしくお願いしますと言っていました。あの母親は私たちに犯人の逮捕より子どもを見つけることを求めていた」
戸草は少し考えこむ。
どこかおかしい気がした。
「同じように子どもを持つ親だから心配だったんじゃないでしょうか」
「あるいは、子どもを連れ去ったのは人ではない何かだと知っている。落ち着きがなく焦っているところからみると次は自分の子の番だと思っているか」
思わず戸草は助手席の名護の顔を見た。
名護は冷えきった声で言う。
「運転に集中してください」
「すみません」
前方に注意しながら戸草は言う。
「情報提供者が言っていた通り、この遊びを模した儀式は先日のマガモノと何らかの繋がりがあるのでしょう。子どもという類似点と事件現場の距離からいってもそう考えられます」
そこまでは戸草も同じ考えだった。
「母親はあのコウタという子どもが儀式に参加し出したのは最近だと言っていました。けれど聞いた話から考えるとそれより前、別の子どもが失踪した時期からあの儀式は行われていたんです。最近になって参加したきっかけはなんだったのでしょうか」
きっかけ、と戸草は思う。
最近何が起きたか。
「先日の失踪はついこの間でしたよね……。もしかして、コウタくんはその子の知り合いだったということですか?」
「母親はそれについては話しませんでしたけどね」
名護は皮肉げに言う。
「人間は嘘をつく生き物なんですよ」
「どうして事前に申告もせず調査をしたのですか?」
津山に報告に行った際、案の定と言ってもいいほど眉を吊り上げて言われた。
新館に入って広報課を訪ねると名護と一緒に会議室に押しこまれた。
やはり、一般の部署には戸草と名護のことは極秘事項なのだろうか。
「すみません、広報課には確かな情報があれば報告しようと思っていたんです。聞き取りは自分より名護さんのほうが上手いので同行してもらいました」
言い訳がましく聞こえるが戸草は言葉を選びながらそう言う。
津山は口調を抑えて言った。
「戸草さんを責めているわけじゃありませんよ。ただ、合同捜査というからには規則に従ってもらわなければ困ります」
また名護のほうには見向きもしない。
名護も全く相手にしないので戸草が橋渡し役を買ってでることにした。
「それで、儀式というのは何なのか詳しく教えてください」
「花一匁に似た子どもを取り合うのを目的とした遊びのようでした。取る、というのが子どもの失踪を誘発する行為なのだと思われます。いちごはおそらく子どもの暗喩なのではないかと」
「……稚児」
名護は短く言った。
この時ばかりは津山も反応する。
「何ですか?」
「子どものことを稚児というでしょう。いちごというのはそのことではないでしょうか。あるいは一児」
そう言って空中に文字を書いてみせる。
「子どもたちは大人の介入を拒否していた。とすれば怪異の狙いは子どものみということなのではないかと考えられます」
「子どもだけが失踪していますからね。それが何か?」
当然だという表情で津山が言う。
「怪異と遭遇できるのは子どものみということですよ」
やれやれというふうに名護は首を振った。
呆れているのか面倒くさいのか。どちらともとれる仕草だ。
「戸草くんの血に反応しなかったのはそういうことです」
「……つまり、怪異を呼び出すには条件があると」
戸草を見つめる。
「そうするとどんな方法をとるか考えなければなりませんね。まさか、子どもを囮にするわけにもいきませんし」
津山が険しい顔をして呟いたその時、急に扉が開いた。
「大変です!」
若い男が飛びこんでくる。
「なに。取込み中なのだけど、ノックもできないの?」
津山がややきつい口調で言った。
どうやら男は津山の部下のようだ。
「あっ、津山さん。お疲れ様です。じゃなくて、あの大変なんです……」
息を切らしながら男が言う。
「大丈夫ですか?」
思わず戸草が言うと男はなんとか息を整えた。
「子どもがまた失踪したとのことです。津山さんが捜査している近隣の小学生です」
津山が緊張した声で言う。
「それはいつ?」
「今日の夕方のことですが。下校の際に学校を出たのは目撃されているのですがまだ帰ってこないと連絡がありました」
時計を見ると時刻は九時近い。
たしかに小学生が連絡もなく出歩くのには不穏な時間だろう。
「その子の名前は?」
まさか、と戸草は思う。
「子どもの名前はマブチコウタというそうです。変わった苗字ですね」
嫌な予感が当たった。
ああ、と名護は頷く。
「こういうのを日本語では……。渡りに船といったところでしょうか」
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