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ラケオが小さいときは、知りあいの宿屋に預けてひとりでいっていたのだが、大人になってからはこの家に残して留守を任せている。
昔、ラケオが幼いころ、一度だけ一緒に連れていったことがあったのだが、同業の判定師が、ディヴィアンが目を離した隙に勝手にラケオの寿命判定をしていた。
それに気づいたディヴィアンは慌ててラケオを判定師から引き離し、『あいつは腕が悪いから判定はいつも外す』と言ってごまかしたのだが、ラケオが彼から何を聞いたのかはたずねなかった。聞きたくなかった。以来、ラケオは留守番させている。
「土産を買ってきてやる。お前の好きな砂糖菓子だ」
小さいころは甘い菓子に大喜びしたものだ。だからいつも土産は菓子だった。
「ありがとう。嬉しいよ」
ラケオは苦笑した。
青年になった同居人をひとり家に残し、ディヴィアンは丘をおりていった。ほほえみ草は今年も蕾をふくらませている。まだ花ひらく前なのに、さわさわとやさしい音を立てている。この花を、あと何回、共に見られるのかとラケオの逞しくなった身体を思い出しながらディヴィアンはひっそりとため息をついた。
――やはり引き取るべきではなかったのだ。
何度もした後悔を、また繰り返す。長年ひとり暮らしをしてきたのだから、そのままひとりでいるべきだった。世話役に脅されても断ればよかった。そうすれば、こんな複雑な思いを抱くこともなかった。
この感情が何なのか。自分でもよくわからない。苦しいようで、悲しいようで、けれど心躍る甘さもあるこの感覚。それは身体を蝕む毒のようでもあり、何かを生み出す薬のようでもある。ディヴィアンは一度も、他人にこんな不可解な情動を覚えたことはなかった。
乗りあい馬車に乗って、半日の距離にある王都へ向かう。そこで六日間仕事をして、土産を買ってまた馬車に乗る。帰路は夕刻になった。人気のない森の近くを通るころには夜も更けて、灯りもないキャビンの中は真っ暗闇になる。小さな四角い窓に月のない夜空がうっすら青みを翳らせて浮かんでいた。目に映るのはそれのみだった。
もうそろそろ故郷の町に着くな。そう思ったときだった。
いきなり二頭立ての馬が、甲高くいなないた。キャビンがガクンと揺れ、続いて「うわっ」という悲鳴が外から聞こえる。
「何だ? どうした?」
一緒に乗りあわせていたふたりの男性客が驚いて叫んだ。
「事故か? まさか」
また外で悲鳴があがる。御者台には御者と用心棒がいるはずだが、何が起きたのかよくわからないまま馬の鳴き声と、人の怒声が何度も耳をつんざいた。ディヴィアンと客らは恐怖に身を震わせた。
やがて少し静かになったので、客のひとりが様子を見ようと窓に身を乗り出す。瞬間、外からドアが勢いよくひらかれた。
「おりろ」
聞いたこともない、野太い声が闇に響いた。
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