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「……だれだ?」
問いかけたディヴィアンの前に、大男の影がおおいかぶさった。
「つべこべ言わずに出ろ。殺されたくなかったらな」
後ろで「すぐ殺すくせになあ」という笑い声があがる。どうやらこのあたりに最近出没する盗賊らしい。ディヴィアンは血の気が引いた。
「早くしろ」
大男はディヴィアンの首根っこをひっつかむと、無理矢理外に出して、地面に放り投げた。他の客も同じようにして転がして並ばされる。
「荷物を出せ」
三人は慌てて手にしていた荷物を差し出した。闇になれてきたディヴィアンの目が、盗賊の数を確認する。影は全部で四つ。その近くにふたつの影が倒れていた。御者と用心棒だろう。まったく動かないふたつの塊に恐怖が押しよせた。
盗賊頭らしい一番背の高い影が、ひときわ大きな声で仲間に告げた。
「よし、いいだろう。――全員、殺れ」
その声に反応して、三つの影が短剣らしきものを取り出す。
「ひいいいっ」
乗客らは哀れな悲鳴をあげた。
「助けてくれえっ」
「嫌だあっ」
暴れ始めた乗客を盗賊が押さえこむ。
「うるせえなあ。観念しろよ」
ディヴィアンも髪を掴まれて、喉をのけぞらされた。
青白い刃が目の前に迫り、――ああもうダメかと諦める。
そのとき、背後から「ウグァッ」と低い呻き声があがった。次にドサリとものが倒れる音がして、ゴキッと鈍い音が響く。
「ひぎゃっ」
カエルを潰したような叫びに、乗客がやられたのかと思ったが、事態はそうではなく、盗賊頭が動いた。
「どうした?」
ディヴィアンを掴んでいた盗賊の手もゆるむ。瞬間、キン、と金属音がして男の手から短剣が弾け飛んだ。闇に目を見ひらくディヴィアンの前で、男が「ぐうっ」とうめき、へにゃりとくずおれる。
「おい! どうした!」
怒鳴る盗賊頭に答える声はない。うろたえる大男に近づく俊敏な影。刹那、大男が吹っ飛んだ。近くの木にぶつかり、「ぐえっ」と一言唸って、動かなくなる。
呆気に取られるディヴィアンとふたりの乗客の周囲から、不穏な殺気が消え去った。
「……え? 何?」
状況が全くつかめない三人の前に、ゆらりと別の影がひとつあらわれる。手には斧がさがり、そこからは血の匂いがした。
「ひ……っ」
新たな影が近づいてきて、三人はおののいて身をよせあった。震えあがる客らに、影は静かな声で言った。
「アン?」
それは、慣れ親しんだ同居人のものだった。
「……え?」
「ああよかった。アン、無事かい」
「ラ、ラケ……オ。お、お前なのか?」
「うん」
ラケオはディヴィアンの前にしゃがむと、両手で抱きしめてきた。
「よかった。間にあって」
ディヴィアンは呆然となった。
「ほ、本当に、お前、か?」
「そうだよ」
いつもと変わらぬ優しい声音に、へにゃりと腰が抜ける。
「……ああ……」
ディヴィアンは安堵から、ラケオの腕の中で気を失った。
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