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翌朝、目覚めると隣にラケオはいなかった。どこへいったのかと、もぞもぞベッドを這い出て居間に移動したら、外から下着姿のラケオがやってきた。
「どこへいってたんだ?」
何気なくたずねると、なぜか目元をちょっと赤らめて、「井戸」と素っ気なく答える。
「朝から井戸で何を?」
「洗い物」
「そうか」
深く聞かれたくなさそうな顔で、自分の部屋に入ってしまったので、ディヴィアンはそれ以上たずねなかった。離れずにそばにいて欲しかったという気持ちがまだ残っていて、そのため少し落ち着かなかったが、まあ相手にしてみれば窮屈な寝床など早く出てしまいたかったのだろうと判断し、寝室に戻ると普段着に着がえた。
いつも通りに朝食をとって、おとといの事件のことなどを話す。
「気分はもう大丈夫?」
ラケオがパンをかじりながら聞いてきた。
「ああ。落ち着いたよ。悪い夢を見ているようだった」
「来月から、僕もついていこうか?」
「いや。その必要はない。領主が何かしらの対策を考えてくれるそうだから」
「そう」
ラケオは何か言いたそうな顔で、けれどディヴィアンの命令には黙って従った。
朝食が終われば、出張に使った荷物を片づけた。仕事場で鞄をあけて整理していると、それを手伝っていたラケオが、一枚の羊皮紙に目をとめた。
「これは何? アン」
紙には数名の女性の、名前や容姿の特徴などが記されていた。
「ああ。それは……」
事件の騒ぎで忘れていたが、今回の出張中に、王都の判定所で調べた情報だった。
「見合いをどうかと思ってだな」
出発前、ディヴィアンはラケオに対し不可解な感情を抱いて苦しめられていた。一緒にいればいるほど、ふいに苦しくなったり、引き取ったことを後悔したり、そうかと思えばもっと近づきたくなったりと、自分の気持ちなのに全く整理がつかなくて、そのせいで苛立ったり仕事で失敗したりしていたので、ラケオと距離を取ろうと決めたのだ。
ラケオも年ごろだ。そろそろ結婚を考えてもいい。王都の判定所は結婚の斡旋も行っている。寿命と年齢の近いもの同士、かけあわせて家庭を持たそうという国の政策だ。寿命が近ければ仲よく一緒に歳を取って、どちらか一方が残されて悲しい思いをしなくてもすむ。
「アンが見合いをするの?」
ラケオが大きな声を出す。ディヴィアンは驚いた。
「私ではない。お前だ」
「僕が? どうして急に」
「もう、そういうことを考えてもいいと思ったからだ」
ラケオはふいに、目つきを鋭くしてこちらを睨みつけてきた。今までみたこともない表情を向けられて、ディヴィアンは目を瞬かせた。
「結婚は……したくないのか?」
戸惑いつつたずねる。ラケオは羊皮紙をグシャリと握りつぶした。
「したくなんかない。考えたこともない」
「しかし」
男ならば、可愛い嫁は欲しいものだろう。ディヴィアン自身はそんなものはとうに諦めているが。
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