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「それよりも、アンと出会えたことのほうがずっと僕は嬉しいし、幸運だと思ってる。あなたが僕を引き取ってくれたから、僕の人生は信じられないほど幸せになった」
顔をあげると、ラケオは穏やかに笑っていた。
「初めて会ったときのことを覚えてる? あんなに薄汚くてやせっぽちな子供を、よく世話しようなんて気になったよね」
「……それは」
あのときは本当に迷惑としか感じていなくて、孤児院が再建したらすぐに返そうと思っていたのだが。けれどそんな過去は恥ずかしくて言葉にできなかった。
「ありがとう、アン」
ラケオがそっと身をよせてくる。やわらかく抱きしめられて胸がキュッと痛くなった。
「あなたに出会えたことが、何物にも代えがたい宝なんだ。それで充分すぎるほど僕の人生は豊かだよ」
「……」
自分がそれだけのものを与えてこられたとは到底思えなかったが、本人がそう言うのならきっとそれでよかったのだろう。
温かな体温に包まれながら、ディヴィアンは自分も満たされた気持ちになった。出張前はラケオを遠ざけたほうがいいだろうと考えていたが、これからも一緒に暮らしていきたいという思いが抑えられなくなる。
この青年と共に。同じように歳を取ることはできなくても――。
「ところで」
心地よく逞しい腕に身を任せていたら、突然口調を変えたラケオがディヴィアンを引き剥がした。
じっとこちらを見つめて、真剣な顔でたずねてくる。
「アンのほうは結婚するの?」
「えっ」
自分に話題が変わってビックリした。
「アンだってもうそういうことを考えていい年ごろだよね」
「いや。わ、私は」
女子と結婚など考えたこともない。
「結婚はしない」
「どうして」
「他人と一緒に暮らすなんてまっぴらごめんだからだ」
「けど僕とは暮らしてるじゃない」
「お前は別だ」
ラケオはちょっと目を見はった。
「どう別なの?」
「それは……」
何が別なのだろう。首を傾げて考えたが、よくわからなかった。ラケオ以外の人間と同じ屋根の下で暮らすなどあり得ないが、彼にはここにいて欲しいと願ってしまう。
「よく、わからないが、……多分、気を遣わなくてもいいからだろう。あと、いれば色々と便利だし、助けになるし」
なんとなく思いついた理由を並べれば、ラケオは呆れたような顔をした。
「そうなんだ」
「うん。話し相手としてもちょうどいいしな」
だから一緒にいても居心地がいいのだ。多分。
「まあそんなとこだろうと思ったけどね」
片頬だけあげて笑うと、ラケオはもう一度ディヴィアンに抱きついた。
「……こら」
「それでもいいよ。アンの役に立てるのなら、僕は幸せだ」
明るく笑って腕に力をこめるものだから、圧迫されたディヴィアンは息がつまって顔を熱くした。
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