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闇夜の襲撃事件から数日がたった。
毎日は春風のように温かく爽やかにすぎている。
ほほえみ草の花が咲きほこる時期になれば、庭先にテーブルと椅子を出して一緒にお茶を飲んでくつろいだりもした。薄黄色の花は今年もさわさわと笑うように波打って揺れている。
「アンはほほえみ草のようだね」
幼かったラケオが、かつて言った台詞をまた繰り返す。
「どこがだ」
そして自分も同じような返事をした。短い黒髪に凜々しい眉の青年は、テーブルに組んだ腕をのせてこちらに身を乗り出して告げる。
「見てるだけで笑みが浮かぶよ」
瞳を細めて笑う仕草は、花よりもずっと魅惑的だ。ディヴィアンは心にわいた感情をごまかすようにそっぽを向いた。
「私は男だし、花にたとえられてもな」
気のない振りをして肩をすくめる。ラケオはそんな反応を眺めて仕方なさそうに微笑んだ。
花の命は短い。あっという間にほほえみ草の季節は終わり、丘一面を埋め尽くしていた薄黄色は姿を消していった。後には色を濃くした緑の葉が茂るばかり。すぐに夏がきて、暑く乾いた風が吹くようになった。
するとどういうわけか、ディヴィアンの身体の中にも熱い風が吹くようになった。気温があがるにつれて寝苦しい夜がやってきて、どうにも落ち着いて眠りにつくことができなくなる。
その日もベッドの中で何度も寝返りを打って、訪れる気配のない眠気に腹を立てたりして、うんざりしながら何時間もすごした。朝方ようやく少し眠れたかと思ったら、何だが得体の知れない夢を見て身体が異様に興奮し、ハッと目を覚ましたら、下半身に変化が訪れていた。
「……え」
下穿きの中がじっとりと濡れている。不快感に上がけをめくれば、足の間が粗相をしたように染みをつくっていた。
「……何だ」
漏らした感覚はない。だったらなぜと焦って、気がついた。
これはもしかして、精通というものではないのだろうか。男が年ごろなったらあらわれるという、あの現象では。自分は他の人間と比べて成長がゆるやかであるが、どうやらついにそういう歳になったらしい。
最初の精通は、いやらしい夢を見て迎えるものだと聞いたことがあるが、自分は一体どんな夢を見たのだろう。考えて、脳裏に浮かんだのは同居人の顔だった。
「……え」
まさかそんな。いやしかし……。
ディヴィアンはベッドの中で青くなった。
自分も彼も男である。なのにそんな夢を見るとはおかしいのではないのか。
けれどディヴィアンは考えた。自分はこの年になるまで女性に興味を覚えたことがない。恋をしたこともなかった。
「恋」
口からこぼれた言葉が、不意に全身を包みこむ。それは大きなうねりを伴ってディヴィアンの心を攪乱した。身体の芯が熱くなり、覚えていない夢の残骸が脳の中で暴れ出す。
「……」
脳みそが必死になってなくした夢のかけらを拾おうとする。そうすると浮かびあがってくるのは、黒い瞳と黒髪の青年だ。
「ラケオ」
心臓がドキンドキンと鼓動を早め、いたたまれないような、叫び出したいような、激しい情動に襲われた。
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