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何時間そうしていただろう。ぼんやりと座りこんだまま肌寒さも感じずに、茫然自失の海に沈んでいたが、ふいに意識が浮上して顔をあげた。
「ラケオ」
ポツリと口にして、彼は今どこにいるのかと考えた。
ディヴィアンはゆっくりと立ちあがった。いつまでもこうしているわけにもいかない。洋服箪笥をあけて服を取り出し、もそもそと身につけた。ドアノブに手をかけ、この向こうに彼がいるかも知れないと思うと、死ぬまでここに引きこもっていたい気になる。
どうしよう。もう少しここにいようか。しかし自分はラケオにひどい言葉を投げつけてしまった。それだけでも謝らなければ。彼は何も悪いことをしていない。全部、自分のしでかした失敗のせいだ。
ディヴィアンは覚悟を決めてドアをあけると、居間に顔を出した。ラケオがいるかと思ったが、そこにはいなかった。仕事場か、それとも裏庭かと、恐る恐る家の中を探してみる。しかし、どこにも姿が見えなかった。
「……ラケオ」
どこかに出かけたのだろうか。そう言えばパンがないとか言っていた。ならば町のパン屋にでもいっているのか。だったらほとぼりが冷めたころに、帰ってくるかも知れない。
ディヴィアンは洗濯をして、仕事場の整理などをしながらラケオが戻ってくるのを待った。どうやって謝ろうか、あの失態をどう説明しようか、あんなことは初めてでだから焦ったのだとか言い訳じみた文句を考えながら待ったが、夕刻になってもラケオは戻ってこなかった。
「ラケオ」
ディヴィアンは家の前に出て、丘の周囲を歩いてみたりした。かげりゆく陽の光に、夏の草が緑濃く揺れている。やがて陽は沈み、星空の下でディヴィアンはひとりになった。
ラケオはどこにいったのだろう。なぜ帰ってこないのだろう。こんな時間になるのに。ディヴィアンがあまりに強く怒りすぎたため、消沈して町のどこかに滞在しているのか。
ディヴィアンはもう朝ほど興奮していなかった。怒りも恥ずかしさもおさまり、今は淋しさと心細さを感じている。
ラケオに早く戻ってきてもらいたい。姿を確認しないと落ち着かない。今なら素直に謝れる気がする。だから早く帰ってこい。祈るような思いでじっと丘の先を見つめる。しかし人がくる気配はない。ディヴィアンはため息をついて家に入った。
その夜はひどく心許ない気持ちでベッドに横になり、まんじりともせずに朝を迎えた。けれど翌日一日待っても、ラケオは帰宅しなかった。さすがに心配になったディヴィアンは町へ出かけた。留守の間にラケオが帰ってくればいいがと考えつつ、知りあいをたずねて回る。宿屋、パン屋、雑貨屋、いつもふたりでいく店を訪問し、ラケオがきていないかと聞く。しかし誰も知らないと言う。ディヴィアンはだんだん不安を覚え始めた。
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