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盥から出すと乾布でぬぐい、自分のシャツを着せる。ぶかぶかで大きすぎたが、子供用の服などない。スッキリした少年は、丸坊主になった頭を不思議そうに小さな手で撫でた。
「すぐにまた生えてくる」
ディヴィアンは残った湯で襤褸雑巾を洗濯しながら言った。
「お前、名は何という」
たずねると、少年は大きな目でぼんやりこちらを見てきた。もしかして耳が聞こえなかったりするのだろうか。だとしたら厄介だ。しかし少年はすぐに答えを返してきた。
「ラケオ」
「そうか。私の名はディヴィアンだ」
小さいからまだうまく舌が回らないのだろう、「……アン」と小鳥の鳴くような声でディヴィアンの名を呼んだ。
洗濯物を干して片づけをして、夕方になったので食事の準備をする。テーブルに並べられたパンとスープ、それからチーズと果物を見て、ラケオは目をまん丸にした。料理とディヴィアンを交互に見比べ、よだれを流さんばかりの顔で犬のようにジッと号令を待つ。
「食べていいぞ」
と言うと、いきなりガツガツ食べ始めた。
「慌てて食べるな。喉をつまらせる」
注意しても、これが最後の晩餐かと思わせるほどの勢いで平らげていく。ディヴィアンは呆れた。
ここ最近、飢饉が続いていたのは聞いている。町の人々も生活は苦しいとこぼしていたから、孤児院も経営が大変だったのかも知れない。もっとも寿命判定師という専門職であるディヴィアンは仕事にあぶれることはなかったから、飢饉にもさほど実感がなかった。
「……まあ、好きに食べればいい」
料理を残さず平らげたラケオは、匙をおいて満足げに息をついた。
「アン」
小さくディヴィアンの名を呼ぶ。何かと顔をあげれば、ラケオはこちらを見つめて一言もらした。
「おめぐみをありがとうございます」
その言い方が子供らしくなく、ひどく礼儀正しかったので、ディヴィアンは胸がキュッとつねられたような気がした。
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