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「もう戻ってくるな、二度と戻るな、って言ったろ」
ディヴィアンは自分の記憶をたどった。たしかに、そんなことを口にしたかも知れない。けれどそれは、決して本心からではなかった。羞恥からただ勢いだけでそう言い放ってしまったのだ。
「アンがどうしてあんなに怒ったのか、僕にはよくわからないけれど、でもアンが出ていけと言ったら、僕はそうするしかない」
「……」
雨のせいでよく見えないが、ラケオの瞳は濡れているようだった。
「けど、黙って出ていくのは礼儀知らずだから、最後に、お別れだけしようと思って、引き返してきたんだ」
ラケオは唇をキュッと引き結ぶと、視線を落として小さく呟いた。
「今まで育ててくれてありがとう。一緒にいられて楽しかったよ」
「違うんだ!」
ディヴィアンはラケオの服を掴んだ。
「違う、違うんだ。あれは、そんなつもりの言葉じゃなかった。本心じゃない、ただ混乱してしまって、心にもないことを言ってしまったんだ」
「え」
「だから出ていかなくていい。出ていくな。ずっと、ここにいて欲しい」
ラケオがポカンとした顔になる。目も口も丸くして、こちらを見おろしてきた。
「出てかなくていいの?」
「ああ、そうだ。もちろん」
「……」
相手の顔に困惑がよぎる。
ディヴィアンが勝手に怒って当たり散らして追い出して、数日後に別れの挨拶をしにきてみれば今度は出ていかなくていい、ここにいて欲しいなどと言う。混乱するのも当然だった。
「……すまない。私が、言いすぎた。間違ったことを、してしまったんだ、きっと」
ラケオが考えこむ表情になる。ディヴィアンの言葉を信じていいのかどうか迷っている様子だ。
「と、とにかく、いったん、家に戻ろう。身体が冷え切ってる」
「うん」
ディヴィアンがラケオの袖を引っ張れば、相手は素直についてきた。
真っ暗な居間に入って、まず暖炉に火を熾す。ディヴィアンは手がかじかんでうまく火打ち石が扱えなかった。それをラケオが代わって、素早く薪に火をつける。炎が大きくなれば、それぞれ濡れた服を脱ぐ。お互い、裸の相手から目をそらして毛布にくるまった。パチパチと音を立てて燃える火にあたると、やっと人心地つく。身体が暖まると気持ちもゆるんでいった。
「アン」
横のラケオが先に口をひらいた。
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