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「もう怒ってない?」
こちらをそっとうかがうように聞いてくる。
「うん」
ディヴィアンは素直な気持ちで答えた。
「アンは、何をあんなに怒っていたの?」
本当に怒りの理由がわかっていないようで、ディヴィアンはその純朴さに己の振る舞いを反省した。
「……それは、……その、つまり、…………恥ずかしかったからだ」
思い出すとまたいたたまれなくなり、ディヴィアンは毛布に顔を半分うずめた。
「恥ずかしかった?」
ラケオが首を傾げる。もしかしてラケオには経験がないのか。いや、それほど子供というわけではないだろう。ラケオはもう立派な大人だ。ではなぜ同じ男としてディヴィアンの恥ずかしさが理解できないのか。
ラケオは本気で不思議そうにしていた。黒い瞳は澄んでいる。ディヴィアンはチラとその目を見た後、仕方なく自分の心情を吐露した。
「……そうだ。あんなことになって、とても恥ずかしい思いをした。それでパニックになって、みっともない態度をお前に取ってしまったのだ」
ディヴィアンの告白に、ラケオはしばし口をとざし、それからおもむろに言い放った。
「それは、夢精が恥ずかしかったの?」
「えっ」
直截な疑問に全身が跳ねる。
「そ、そ、そんなはっきりと」
「ああ、そうなんだ」
ラケオはちょっと驚いた様子を見せた。
「あんなの、普通にみんな起きてることじゃない。誰だってなるよ」
「し、し、しかし、私は、初めてだったんだぞ」
「えっ。そうなの」
ラケオがさらに驚く。
「アンは僕よりずっと早く生まれていたのに。もしかして今ごろやっと精通したの?」
「はっきり言うな。む、むせいだの、せ、せぇつうだの、そういうことは」
ディヴィアンは顔が熱くなった。炎のせいだけではなかった。焦るディヴィアンに、ラケオが目を見ひらき、それから表情を和らげる。
「……アン」
とても優しげで、労り深い笑みを浮かべて名を呼ぶ。包容力あふれた男らしい微笑にディヴィアンはさらに顔を赤くした。
「……お前は、もしかして、そういうの経験ずみなのか」
横目でたずねる。
「うん。普通にね。ずっと前に」
「……そうか」
肩から落ちかかっていたディヴィアンの毛布を、ラケオがそっと引きあげてかけ直した。
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