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「長く生きる人の苦しさは僕にはよくわからないけれど、人が羨むほどなら、きっと価値があるんだよ」
ディヴィアンが目を向けると、そこには愛情に濡れた瞳があった。
長すぎる寿命に、価値とか意味とかを考えたことはない。自分の人生も、この青年が死ぬときに一緒に終わればいいと思う。できればそうしたかった。ひとつの棺桶に入れてもらって、一緒に永遠の眠りにつく。それは甘美な想像だった。
「ねえ、アン」
ラケオはディヴィアンの金髪を一房つまんで言った。
「あなたに、ひとつお願いがあるんだ」
涙がにじんだ眼差しで、何だ、と問う。それに相手は微笑んだ。
「僕はこの町で生まれて、ここ以外の場所を知らないだろ。きっと、この先も、別の土地を知らずに人生を終えるんだと思う」
「何だ? どこかに引っ越しでもしたいのか」
それとも旅行にでもいきたいのか。そう言えばラケオと遠出をしたことはない。
「ううん。違うよ。僕はここが気に入ってる。アンと出会って、毎年ほほえみ草をみながら暮らす生活が大好きなんだ。ここ以外の場所に住みたいとは思わない」
ディヴィアンは瞬きを繰り返して涙を引っこめ、ラケオと向きあった。
「けれど、本で見た他の場所に憧れもあるんだ。だから、僕がこの地からいなくなったら、アン、あなたが代わりに、色々な場所を見てきて欲しい」
「……」
「青い海や、高い山。熱い砂漠に、凍った大地。物語の本には空を飛ぶ船や、黄金や機械でできた街のことも書いてあった。そんな世界中の不思議な景色を見てきて欲しいよ。そしてそれを、いつか、どこか知らない場所で、僕と再会したときに教えて欲しいんだ」
ふいに鼻の奥がツンと痛くなった。
得体の知れない悲しみが腹の奥からせりあがり、ディヴィアンは息をとめた。
「お願い」
ラケオの眼差しは静かだった。月のない夜空のように。
「あなたの寿命が尽きるまで、世界の果てを見てきて」
そして金髪に口づける。
「空を飛ぶ船や、機械でできた街なんて、作り話にすぎないだろう……」
「それでもいい。見てきてよ」
涙がまだあふれてきた。とめようにもどうにもとまらなくて、優しい絶望に頬が濡れる。
それを誤魔化そうと、ディヴィアンは俯いて小さくうなずいた。
「……うん。わかった」
「ありがとう。アン。愛してる」
静かなささやきが、彼自身の安堵を伝えてくる。
絵空事のような願いはいかにもラケオらしくて、ディヴィアンは彼の腕の中で声を押し殺して泣いた。
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