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ときおり自分の未来を考えて、ディヴィアンはひどく気が塞ぐことがあった。
そんなとき、ラケオはことさら快活に冗談を言って場を明るくしようとした。だから毎日は微笑みに満ちて、楽しさにあふれ、真冬も花が咲いているように暖かかった。
「ねえ、知ってる? 男同士は尻を使ってふしだらなことをするんだって」
客のいない昼間、仕事場で書類整理をするディヴィアンのかたわらでラケオは本を見ながら言った。ディヴィアンはいきなりの爆弾発言に顔を赤く爆発させた。
「な、な、何をいきなり」
「ここに書いてある。ほら。これ、僕らもできるんじゃない」
ラケオが本を差し出す。確かにそこには男同士の手順が記してあった。
「むう」
前の住人の置き土産の本には、こんなものも含まれていたのか。
「アン」
耳元でラケオがささやく。
「してみたい」
「…………」
窓の外では小鳥が可愛らしくさえずっていた。陽は高く、こんな時間からみだらな行為にふけるのには抵抗がある。
けれど、ディヴィアンは立ちあがると戸口までいき、看板を『休業中』に変えた。そうしてラケオの元に戻ると、大きな手を握る。
「しよう」
真っ赤な顔で誘いをかければ、ラケオは歯を見せて楽しそうに笑った。
ふたりでラケオのベッドになだれこみ、キスをして、服を脱がせあう。
ディヴィアンはラケオの裸体をしみじみと眺めた。
長い手足、なめらかな筋肉の筋、固そうな太もも、節だった指、短い黒髪、顎のライン、二重の眠たげな眼差し。
どれもこれも忘れないように記憶に刻みこむ。快楽が刹那で終わらないように。
ラケオの指が油をまとって身体の中に入ってくる。初めての感覚も忘れない。
「……あ」
「ああ、アン」
相手が甘やかな吐息をもらす。それも耳に覚えさせる。忘れない。
「挿れていい?」
ディヴィアンのそこはもう、ねっとりとほころんでいた。
「……早く」
でないと達ってしまう。頭が回るうちにラケオの射精を目に焼きつけておきたかった。初めての挿入。ラケオは背後から入ってきた。
「ん……ふ、ぁ……は……、ぁ……」
全身が快楽に震える。どうにかなりそうだ。
「……いい、すごく」
ラケオの声が嬉しげなので安心する。彼の獰猛で淋しがりな逸物は、救済を求めてディヴィアンの中で声をあげて鳴いた。それを受けとめて、ディヴィアンも心の中でひそかに泣いた。
幸せはきっとこういう形をしている。ほんの短い歓喜と充足。それが去ったときの空しさと諦めを含んで。
このまま消えてなくなりたいと、ディヴィアンは心底望んだ。
ラケオはしかし満足げに何度も儚い幸せを望んできた。昼も夜も、ふたりは狭いベッドで抱きあった。飽きもせず。同じ行為を繰り返し、いつも喉を渇かせた子供のように相手の口に吸いついた。
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