第5章 二十一年目

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第5章 二十一年目

 何度目の春だったかは覚えていない。  ラケオはあるとき、ディヴィアンにプレゼントをくれた。大きな琥珀のネックレスだった。 「この宝石は、できるまでにすごく長い時間がかかってるんだって。だからこれからも長い時間この姿を保つんじゃないかな」  アンの瞳と同じ色だからと、行商人から買い求めたらしい。笑うと目尻に小じわがよるようになった青年は、働き者で親切で気さくだったから町の人たちにも好かれた。ときおり家の修理や力仕事を頼まれて報酬を得ていたらしい。それをすべて注ぎこんで、ディヴィアンのためにプレゼントを用意したのだった。  濃い蜂蜜色の玉石は、ころんと丸くて、中に針のような模様がいくつか入っていた。 「……ありがとう」  自分は彼にあげられるものが何もないというのに。  ネックレスを胸に飾れば、ラケオは愛おしそうにこちらを見つめてきた。ディヴィアンよりずっと年上になった青年は、いつも変わらぬ眼差しで恋人を見守っている。 「……お前は」  手の中で琥珀を温めつつ、小さくたずねた。 「私なんかの、どこかそんなにいいんだ」  他人に好かれる要素がどこにあるのか自分では全然わからない。 「全部」  迷いなく答える。ディヴィアンにとっては不可解な問いも、ラケオにしてみればひどく簡単な質問だったらしい。 「初めてあったときから、なんてきれいな人なんだろうって、一目で恋に落ちた」 「…………」 「ずっと好きだった。あなたのそばにいたいと、ただそれだけを望んだ」  ディヴィアンの瞳に涙が浮かぶ。 「僕は幸せ者だ。願いが叶ったんだから」  涙はとめることができなかった。下まつげの小さな堤防はたやすく決壊し、ボロボロと水滴がこぼれてしまった。 「アン」  ラケオが困り顔をよせてくる。大きな両手でディヴィアンの頬をくるみ、親指で雫をぬぐった。 「うっ……」  こらえきれない感情があふれてとめられなくなる。  この青年を失いたくない。ずっと一緒にいたい。離れたくない。時がとまればいいのに。おいていかれたらその後はひとりで一体どうしたらいいのだろう。  怖くて淋しくて、心細くて、ディヴィアンはその場にしゃがみこんで泣き続けた。 「アン」  ラケオがディヴィアンの背中をさする。 「泣かないで。大丈夫。僕らはきっといつか、またどこかで再会できるよ」 「どうしてそんなことがわかるんだ」 「そんな気がするんだよ」 「気だけじゃないか」 「信じてるんだ」  言い聞かせるようにして、力強く断言する。 「…………」  ディヴィアンは泣くのをやめた。  いくら泣いたところで詮ないことなのだ。どうしたって運命は変えられない。この男は自分よりずっと早くこの世界を去る。  ならば信じるしかない。ラケオの、愛する人の言葉を。 「わかった。私も信じる」 「うん」  そうして、いつかの再会がふたりの合い言葉になった。  別にディヴィアンはそれを心から信じているわけではなかった。死んだ後どうなるのか、それは誰にもわからない。けれどわからないことが多少の慰めになった。  儚い約束は、淡くとも希望の形をしていたから。
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