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第6章 長い不在
葬儀は簡単に行われ、ラケオは町外れの教会に埋葬された。町中の人が参列し、その短すぎる一生を悼んだ。
葬儀の後、家にひとりで戻ったディヴィアンは、その日から何もできなくなった。食べることも寝ることも億劫になり、一日中、庭の椅子に座ってぼうっとすごすようになった。家の中には入りたくなかった。彼の残した思い出がそこかしこにあふれ、不在を明確に伝えてくるから。
共に死ねたら。どんなによかっただろう。今からでも追いかけようか。彼はどこで待っているだろう。
胸には琥珀のペンダントがかかっていた。それを握りしめ、どんな方法がいいだろうかと真剣に考えた。
――泣かないで。大丈夫。僕らはきっといつか、またどこかで再会できるから。
ある月もない闇夜に、ふと、若い男の声が聞こえた。
――お願い。あなたの寿命が尽きるまで、世界の果てを見てきて。そしてそれを再会したときに教えてよ。
優しい青年の、穏やかな笑顔がよみがえった。
「……そんなこと」
唇が震える。
「そんなことに、一体、何の意味があるんだ……」
会えるという確証もないというのに。
ディヴィアンはラケオが死んでから一度も泣けていなかった。身のうちはしんしんと冷えて、心は凍ったように固くなっていた。希望は消え、未来は永遠に暗黒だった。
けれどその中に、小さく淡いものが浮かびあがった。それは儚いくせに力強く、ディヴィアンの腕を掴んで引き起こそうとした。
「…………」
別に信じているわけではなかった。死後の世界は足を踏み入れた者にしかわからない。だが、もし万が一、どこか、ここではない場所で、彼にふたたび会えるのだとしたら。
「約束を守らなかったことを責められる」
ディヴィアンはゆっくりと立ちあがった。
大きくため息をついて、背を伸ばす。そして重い身体をひきずって家の中に入った。数日かけて荷物の整理をし、旅の支度を調えて、今まで世話になった礼を書きこんだ店じまいの看板を戸口に立てかけた。
春の盛り、ほほえみ草が丘を一面におおうころ、ディヴィアンは二十数年暮らした町を後にした。
大きな荷袋を背負い、坂をひとりでおりていく。行き先はまだ決めていなかった。
町を出て、乗合馬車の停留所に向かっていると、道の反対側から見覚えのある男が歩いてきた。
「やあ、お久しぶりです」
それは町の世話役だった。会うのは二十年ぶりか、男は少しだけ老けたように見えた。
「どこかにお出かけで」
「ちょっとそこまで」
「そうですか」
世話役は淋しげな笑みを浮かべた。
「ラケオは旅立ったそうですね」
「ええ。数日前に」
ディヴィアンは力ない声で答えた。
「結局、あの子の面倒を最後まで見てくださったのですね」
「ええ。まあ」
「よかった。きっとあの子は幸せだったでしょう」
男が安堵したようにつぶやく。ディヴィアンは瞳を伏せた。
「だといいのですが」
「もちろんそうでしょう。あなたのその顔を見ればよくわかります」
自分がどんな表情をしているのか、ディヴィアンにはよくわからなかった。
世話役は「では、また」と挨拶をして去っていく。
残されたディヴィアンは、自分がいつの間にか泣いていることに気がついた。
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