第6章 長い不在

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***  住んでいた国を出ると、まず最初に海を目指した。  大陸の端まで馬車と徒歩で移動し、広い砂浜にたどり着けば、広大でただまっすぐな水平線を目に焼きつけた。それから山に向かった。切り立った山脈が連なる国に旅をして、自分も登ってみた。次は大陸の内側にひたすら足を向け砂漠を横断した。北の果てにいって凍った森をその目で確かめて、オーロラの美しさに魅せられて思わず百年、極寒の地ですごしたりした。  数百年ぶりに人の多い街に戻ってみれば、そこでは蒸気機関車(スチームトレイン)が走っていた。産業革命というものが起きたらしい。街の空は石炭の煙で灰色に染まっていた。科学が発達し電気(エレキテル)放射線(ラジエーシヨン)が発見され機械人形(オートマタ)が動いていた。驚きに目を見はりながら、四輪自動車(オートモビル)が走り去るのを眺める。医学も進歩し新薬も開発されていたが、死者をよみがえらせる方法はまだ発明されていなかった。  ラケオが生き返らないのなら新しい技術にも興味はない。ディヴィアンはまた旅に出かけた。行く先々で判定をしながら糊口(ここう)をしのぎ、まだ見ぬ地を目指す。星の降る夜、たったひとりでいるとこのまま死んでしまいたくなったが、彼との約束を思い出して踏みとどまった。  海を渡り、南国の島々をひとつ残らず踏破する。密林の奥に暮らす野人とも会話する。全ての地に足跡を残し、見たものを書き留める。数百年の間に琥珀のペンダントは何度も紐が切れ、そのたびに新しいものに変えたが、玉が輝きを失うことはなかった。  あるとき地平まで荒野が続く道を歩いていると、頭上に巨大な機械の鳥が飛んでいくのが見えた。ついこの前までは飛行船(ひこうぶね)だったのにと考えていると、次に見たときは鋼の鳥は空の果てまで登っていった。人間は(ルーナ)にまで到達したという。しかしまだ死人を生き返らせる方法は発明されていなかった。賢者の石は幻のまま錬金術師は死に絶えた。  寿命判定の方法は機械化され、人の目で判定するということはもうなくなっていた。ディヴィアンは失業し、日雇いの仕事をこなしながら旅を続けた。どれくらいの年月がたったのかよくわからない。襤褸をまとい伸びすぎた髪を縛ることも忘れ命の終わりを待つ。早く愛する人に会いたかった。もうラケオの顔も曖昧だ。絶望も過ぎて自棄になったときに新しい恋人をつくろうと試みもしたが、結局彼以上に愛せる人は現れなかった。だからディヴィアンはずっと孤独だった。
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