第8章 常春

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第8章 常春

 ディヴィアンは、金が貯まると時間遡行の許可を取ってはラケオの元を訪れた。  それは一年に一度ほどだったが、回数を重ねるごとに、ラケオにとって二度目、三度目の訪問となっていったようだった。 「アン、さっき帰ったばかりなのに、またきたの?」  久しぶりの時間旅行に、わくわくした気持ちで寝室から居間に出れば、テーブルに腰かけていたラケオに呆れられた。 「……またって、お前」  歓迎されていない言葉にショックを受ける。 「今、さよならしたばっかりじゃないか」 「けど、さっきの私と今の私は違うんだ」  ディヴィアンは反論した。  ラケオはこちらへやってくると、後ろから抱きしめた。 「ああそうだね。着ている服が違う」  消沈したディヴィアンを宥めるように耳元でささやく。 「ごめん。またきてくれて嬉しいよ」 「……」 「けど、さっきのアンが、僕のアレ全部持ってっちゃったから、今は空っぽなんだ」 「なっ……」  ディヴィアンは顔を熱くした。 「べ、別に、それだけが目的できてるわけじゃないぞ」  腕の中で身をよじると、相手は明るく笑った。 「うん。わかってる」 「顔が見られれば、それでいいんだ」 「うん」  向きあって、額同士をくっつける。 「……それに、私はもう歳だし、そんなに、しなくっても、構わないんだ」  ディヴィアンは歳をとった。金髪には艶がなくなり、目や口のきわには皺もできている。壮年時代は去り、老境に入りつつあった。 「あなたはいつきてもきれいだよ」  ラケオがディヴィアンの口元にキスをしたので、ディヴィアンはさらに顔を熱くした。 「そうだ。今日は外でお茶をしない? ほほえみ草が花を咲かせているんだよ」 「もう咲いたのか」 「うん。晴れて天気もいい。テーブルと椅子を庭に出そう」  ラケオの提案で、庭先でお茶の時間をとることにした。遠い昔つかっていた自分用のカップに、茶をそそぎ砂糖菓子を皿に盛る。ふたりで晴天の下、のんびりとほほえみ草の花を眺めた。 「いつきてもここは変わらないな」  まるで永遠の花園だ。 「僕にとっては日常風景だけれど。アンには違うの?」 「ああ。千年後には、この丘に草花はひとつもない」 「本当に? それは残念だね」  常春の光景と若さあふれる恋人の姿に、ディヴィアンはふと不安になった。ラケオはいつまでも歳をとらずにここで生きているが、自分はどうだ。来訪するたびに老いて醜くなる。若い恋人はいつまで飽きずに会ってくれるだろう?  けれど同時に思い出した。自分だって老いていくラケオを愛したではないか。その時々の飾らぬ姿を愛おしんで、ふたりで積み重ねた年月と共に慈しんだ。
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