第8章 常春

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「命の尽きる最後のときまで、お前に会いにきてもいいか」 「うん。いつでも会いにきて。待ってるよ」  何度でも。小さな花が咲くこの丘に。  ディヴィアンは淡い黄色におおわれた大地を見渡した。  風は温かく、水色の空はどこまでも透明に澄んでいる。一面の花畑には、光の加減で遠く霞がかかっていた。  淡くおぼろなその中に、ふと、小さな影が浮かんだ気がして目を細める。ゆらゆらゆれる幻影は、幼いころのラケオだろうか。視力が落ちた瞳には定かではなかったが、あのちょこんと丸い背中は確かに見覚えがある。なぜあそこにと思いながら、しかしこの常春の場所でなら、あの子に会えるのも不思議ではないと感じた。 「そうか、ここがこの世の果てか」  ディヴィアンは呟いた。  幼子が立ちあがり、こちらに笑いかける。手にはつんだばかりの花束があった。  ――おはな、きれいだから。アンもうれしいかなって。  可愛い声音に、ディヴィアンは微笑んだ。  この時間がとまった場所で、自分だけが歳を重ねていく。くるたびに生と死を知り、やがて訪れる命の終わりを実感できる。そして誰にもおいていかれないですむ。  もしかしてこれは自分が望んだ一番の願いではなかっただろうか。それに気づけば、今まで感じたことのない充足感が身体を満たしていった。  次の旅行は、自分と同じ年ごろになったラケオに会いにいこう。ふたりこうやって並んで、千年前にはできなかった話をしよう。愛について。生きていくことについて。老いについての諸々を。 「何を考えてるの? アン」  ラケオが茶を飲みながらたずねてくる。ディヴィアンは幻影の消えた先を見つめて答えた。 「共に生きることの、幸せを」  隣の男に目を移して、泣きそうに幸せな気持ちで続ける。 「いい人生だ。お前のおかげで」 「それは僕の台詞だよ」  ラケオは永遠に変わらない魅力的な表情を浮かべて笑った。  さわやかな風が丘を駆け抜けて、彼の笑い声を(さら)っていく。  ほほえみ草はふたりを見守るように、――ゆらゆら、ゆらゆらと、金色に輝く花弁を、いつまでも夢のように揺らしている。 【終】
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