第1章 一年目

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 ***  丘に咲いた花が、風に揺れている。  ゆらゆら、ゆらゆら、歌うように踊るように。  その真ん中で、ラケオがうずくまっている。  太陽の光は温かくふりそそぎ、遠くで鳥が鳴いていた。 「ラケオ」  名を呼ぶと、顔をあげてディヴィアンを見つけ、ぱっと笑顔になった。 「アン」  トコトコと駆けてくる姿を、微笑ましいと思うようになったのはいつごろからか。  ラケオがディヴィアンの家にきて一か月がたとうとしていた。丘の花は今が盛りで、うす黄色の花を鮮やかに開花させている。 「何をしていた」  とたずねると、満面の笑みで、片手に握った花を差し出してきた。 「おはな、つんでいたの」  数本の花は子供の体温でしおれ始めている。(こうべ)をたれた小花を見て、ディヴィアンは眉をよせた。 「花をつむのはよしなさい」  するとラケオはきょとんとこちらを見あげてきた。顔には「どうして」と書いてある。 「つんだらすぐに枯れてしまうだろう。つまなければ寿命はのびるから」  ディヴィアンの言葉に、ラケオは黒い瞳を瞬かせた。そうしてちょっと俯いた。 「おはな、つんだらかれちゃうの」 「そうだ。だがまあ、つんだ分は花瓶にでもさしておけばいい。それより買い物にいくぞ」 「うん」  気を取り直したラケオは家に戻ると花瓶に花を挿して、窓際に飾った。それからふたりで丘をおりて町へ向かった。 「花などつんで、何をするつもりだったのだ」  たずねれば、ラケオは前を見ながら答えた。 「おへやに、たくさん、かざろうとおもったの。そうしたら、おへやも、はなばたけになるでしょう」  子供らしい発想に、ディヴィアンはふっとため息で笑った。 「なるほど」  ディヴィアンが明るい口調で呟いたので、ラケオも少し気分が上向いたらしい。 「おはな、きれいだから。アンもうれしいかなって」 「私は外で見ているだけでいい。部屋の中に花など入れたら、あとで掃除が大変だ」  身も蓋もない答えにラケオがまた目を見はり、「そうなの」と納得した。  ここにきたばかりのときは茫洋とした顔つきでガリガリに痩せ細っていたラケオも、少し肉がついて元気になった。それに伴いたくさんしゃべって動くようにもなった。  元来かしこい子だったらしい。物わかりがよく行儀もいいし、泣いたりわがままを言ったりすることもなかった。だから一緒に暮らすのはさほど苦痛ではない。ディヴィアンはふたりの生活を楽しみ始めていた。  日に日に成長していく幼子を見守りながら、しかし心の内には消しきれない小さな哀情があるのを、うっすらと感じてもいる。この子の寿命は二十年。寿命が百年の人間と比べれば、五倍の速さで歳を取ることになる。本人にはまだそれを告げていなかったが、いつかは知ることになるだろう。それを考えると、何とも言えない胸苦しさを覚え、憂いを振り払うため輝く太陽を見あげた。人の命は他人がどうこうできるものではない。そして寿命の長さによって人を差別するのは間違った考え方だ。 「アンは、このおはなににているね」  爛々と咲きほこる花を眺めてラケオが言う。 「どうして?」  まぶしさに目を細め、ディヴィアンは問い返した。自分のどこか花に似ているというのか。 「きいろいところ。かみのけと、めが」  花を指さして答える。なるほど、花びらは薄黄色で、(がく)は濃い黄色をしている。自分の髪と目の色と同じだ。それを言っているのか。ディヴィアンはまた小さく息をついて笑った。 「花に似ているなど、生まれて初めて言われた」  それでも、幼子の口から発せられれば、さほど悪い気はしなかった。
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