第2章 二年目

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第2章 二年目

 日々の生活は単調で、大きな出来事が起こることもない。  春がすぎれば夏がきて、暑い中を出かけたり涼んだり。秋がくれば森へ木の実を拾いに出かけ、冬は暖炉の前で本を読んで長い夜をやりすごしたり。  ラケオを引き取って、いつの間にか一年がすぎていた。丘にまた薄黄色の花が咲いて、ディヴィアンはそのことに気づいたのだった。  子供の成長は早い。特にラケオはあっという間に背が伸びて顔つきも変わっていく。夜ベッドに一緒に入り、朝には面立ちが変化している気がすることもあった。百歳換算でラケオの年齢は八歳ほどになった。  ラケオは働き者の素直な子供で、ディヴィアンの助手もこなせるようになっていた。客がくれば仕事場に案内し、ディヴィアンが動く前に抽斗から羊皮紙を取り出して、机にペンとインクを並べる。家事の手伝いも少しずつできるようになり非常に助かっていた。 「そろそろ学校にいかないか」  客がいないときは、窓際の小テーブルで勉強をする。読み書きを教えるのはディヴィアンだ。  学校、という言葉にラケオが顔をあげてきた。 「お前はかしこい。学校はきっと楽しいだろう」  それにラケオは小さく首を振った。 「いかない」 「どうして」  手にしたペンを見おろして、口をとがらせる。 「いきたくない」 「なぜ? いけば友達もできるだろう」  ラケオはここにきてからずっとディヴィアンだけとすごしている。友人はまだいない。 「いらない。アンがいればいい」  そう言って、ペンを動かし、紙につたない(つづ)りを連ねていく。 「……」  ディヴィアンは無理強いをしなかった。本人がいきたくないのならいかせる必要はないと思ったからだ。この子の一生は短い。好きなようにさせてやればいいだろう。友達だってできたところで彼らより早く歳を取って去っていく身だ。それに気づけば、自分はいささか無神経な誘いをしてしまったかと悔やんだ。  窓の外に目をやれば、今年も丘には薄黄色の花が咲き始めている。昨年と変わらずに。  ディヴィアンはふと、この前宿屋の女将から聞いた話を思い出した。一年前に焼けた孤児院の再建が完了し、新たな院長も決まったそうで、孤児らがまた院に戻り始めているということを。ラケオをここに連れてきた町の世話役は、あれから何も言ってこない。もしかしてこのまま養子にでもさせてしまおうという魂胆か。 「……」  孤児院が立ち直ったのなら、この子を連れていけばいい。ディヴィアンにはこれ以上育てる義理はない。役目は果たした。 「アン」  考えていると、名を呼ばれる。目を移せばラケオも丘の花を見ていた。 「何だ?」  大きな黒い瞳は、陽光を浴びてまるで黒曜石のように煌めいていた。 「あの花は、なんて名前なの?」  一年かけて伸びた黒髪はまっすぐで、首を傾げればさらりと揺れる。 「さあ……町の人たちはほほえみ草と呼ぶが」 「ほほえみ草」 「ああ」 「ふうん」  納得したようなしないような、あいまいな顔で窓の外を眺めた。 「風で揺れると、クスクス笑っているような音がするからかな」  何気なく言った台詞に子供らしい感性を覚え、ディヴィアンは口元をゆるめた。 「花たちが笑っているのか」 「うん。笑ってるよ」 「そうか」  孤児院に返すのは、いつでもいいだろう。この子はこんな風に話し相手にもなるのだし。  二度目の春をそうやってすごし、ほほえみ草は丘の上に住むふたりの生活を彩ったのだった。
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