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幼いころのラケオの髪は、いつも日向のにおいがした。乾いた風と草っ原の、大地と空の香り。ディヴィアンはそれが好きで、眠ったラケオの頭にこっそり鼻をすりよせたりもした。
けれど今の彼からは、もっと違う匂いがする。青くて爽やかな、成長しつつある男の芳香が、未熟な身体から発せられている。そのことに戸惑った。
「アン」
小さなつぶやきが背後から聞こえる。いつもと同じ声なのに、なぜか首筋がぞわりと粟立った。
「……」
ディヴィアンが寝室をわけようとした理由はもうひとつある。それは、このムズムズした感覚が居心地悪いからだった。
どうして自分は、こんな子供の声に怖れにも似た感情を覚えるのか。肌が落ち着かなくなるのだろうか。
いささかの困惑を感じつつ、多分これはラケオの体温が高いせいだろうと結論づけた。温かすぎて、自分はこの子供を鬱陶しいと思っているのだ。いつも密着されて狭苦しいし、寝返りも打てやしない。だから苛立ちから身体が火照るのだ。
それなりに長く生きてきたディヴィアンだったが、他人に初めて与えられた刺激に、脳を総動員してそんな答えを導き出した。
数週間後、ラケオは個室を与えられ、しばらくすると満足した様子を見せるようになった。
「やっぱり自分ひとりのベッドは落ち着くね」
などと言う。ディヴィアンは「そうだろう」と相槌を打ちながら、原因不明のの空虚さも覚えていた。
おかしい。自分だってようやく伸び伸びと眠れるようになったのに。
ディヴィアンは広くなったベッドに横たわるたび、手が小さなぬくもりも求めて隣をさまようのをとめられなかった。
そのころから少しずつ、ディヴィアンはラケオを引き取ったことを、正体のわからぬ悲しみと共に苦しめられるようになった。
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