大富豪と森の魔女と寿命が延びる薬

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 その夜。出窓の隙間から一陣の風が舞い込んできた。月明かりが差し込むだけの薄暗い寝室に、透明だが確かな気配がする。  床についたばかりの魔女は、青臭い、未成熟の小娘スタイルをした風の精霊を感じ取り、ベッドの上で身体を起こした。耳を澄ますと、軽やかな声が聞こえてくる。 (あの人、見た)(港町にいる)(女の人と一緒)  今朝方は一柱の精霊が訪れたが、今は三柱に増えている。気まぐれな彼女らは至るところに存在し、人間には理解不能な繋がりを持ち、一つの巨大な意識体を形成している。ここでの会話は瞬時に港町にいる精霊まで伝わるだろうし、逆に港町の様子が、今ここにいる精霊から聞けるわけだ。  便利といえば便利。仲良くして損することはない。ただ、こちらの情報が他の魔女――たとえばイルア地方で幅を利かせる「海辺の魔女」――にも筒抜けになる恐れがあるので、気をつける必要がある。    魔女は言葉を選びながら問いかけることにした。 「あの人って誰だい?」 (指輪を置いていった人)(お金持ち)(ここで妖精の粉をかけた)  何度も頷く魔女。これで大富豪の健在が確認できた。あとは執事から詳しい事情を聞けば、全ての疑問が晴れるだろう。しかし最初に聞いた女性というのが気にかかる。もしかすると、そこに全ての理由があるのかもしれない。執事と共謀し、この屋敷から姿を消した本当の理由が。 「どんな女なんだい?」 (「森の魔女」の知らない人)(若い女)(またね)  風の精霊は魔女の頭上をすうっと通り過ぎ、そのまま出窓の方へ向かった。森の精霊と落ち合う約束をしているらしい。去り際にあばら家を使わせて欲しいと懇願されたので、快く承知した。 「ありがとよ。また遊びにおいで」 (((るーるるー!)))  歌とも挨拶とも受け取れる、伸びやかな声を残し、風の精霊は飛び去っていく。  気が向いたらまたやってくるに違いない。  一人残された魔女は大きなあくびを一つ。再び床について、目を閉じた。
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