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翌日の午後。魔女の寝室に初夏の匂いが満ちていた。
軽めの昼食を終えた魔女は、昨日と同じように運ばれてきた茶を嗜んでいる。唯一違うのは茶の風味だけ。執事の説明では、遠く離れたニポネという島国で加工された、緑茶というものらしい。
爽やかな香りと舌に残る渋み、そして喉の奥を通るときの旨味と甘味が、素晴らしく魔女の嗜好に合っていた。あばら家から持ち込まれた揺り椅子が、魔女の心の動きに呼応し、軽快に揺れている。
「これはいいねえ。紅茶も捨てがたいけど、これは格別だよ」
魔女の賞賛の声に、執事は目を細めて頷く。
「お気に召されて何よりです。それは先代お勧めの一品でして、まだ巷には出回っていないのですよ」
取っ手のない椀を置いて、魔女は執事の顔を眺めた。
「先代というと、ここにいた大富豪のことかい?」
「ええ、そうです」
穏やかな微笑を揺らぎもさせず、執事は姿勢を正したまま魔女を見つめ返した。
「先代は今、茶葉専門店を営んでおられます」
「そうかい」
魔女は素っ気なく返した。「実はね。風の精霊からあの男が生きていることを聞いていたのさ。今さら驚きゃしないよ」
執事は落胆した表情になり、そうでしたか、と呟いた。
その様子に魔女は、口元に意地悪な笑みを浮かべる。
「何だい、お前さん。もしかして話がしたくてうずうずしてるのかい?」
「ええ、まあ……そんなところです。わたくし一人で秘密を抱えるのは耐えられませんので、ぜひとも魔女様に聞いて欲しいのです」
魔女は、ふっと息を吐いた。
実際のところ、一晩ぐっすり寝たら気が変わったようで、朝起きたら大富豪に関する一切の興味は失せていた。それに朝一番で風の精霊から続報を受けていたのもある。人にはそれぞれ事情があるのだ。全財産と引き換えに寿命を延ばしてまでやりたいことがあるのならそうすればいい。頭の巡りが早い彼のことだ。きっとうまく立ち回っているだろう。
魔女は、あばら家で交渉した彼の姿を思い出していた。
それに、あのいけ好かない海辺の魔女のことも。
「仕方ないねえ。お前さんがそこまで思い悩んでるのなら聞いてあげるよ」
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