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お祭りの道から外れて、少し向こうの公園へと移動する。
途中、買ったものを食べる家族や友人、恋人たちがいたけれど、ここまで来ると誰もいなくなっていた。
周りには木が何本も生い茂り、一部は森のようになっている。そのため見上げても空は見えづらい。ここでは花火も見えないから、お祭りの穴場にならず人もいないのだろう。
大きな木の下にあるイスに座り、涙花は「ふぅ」と息を吐き出した。
「すごい、完璧な無視だったね」
隣に座る戌介に苦笑すれば、「え?」とまばたきをする。
「何かあった?」
「……本当に見えてなかったわけじゃないよね?」
「はは、うそうそ。見えてたし聞こえてた」
「もう、びっくりしたよ」
つい真剣に聞いてしまった。
「でもほら、気にする必要もねぇし。逆にまた絡まれてもウザいから。それにあんなの塵みたいなもんだし」
「塵……」
大事にしてくれているのは分かっているけれど、相手を塵と言える彼氏も少し怖い。でも嬉しいと思っている自分もいて、毒されているなぁと遠い目をしてしまう。
「怪我とかしなくてよかった」
戌介は涙花の手を取り、優しく撫でた。
「助けてくれて、本当にありがとう」
「でも焼きそば」
「それはいいってば」
小さく笑ってしまう。
「もっかい買いに行くか」
「ちょっと離れ過ぎたな」と立ち上がろうとする彼に、涙花は咄嗟に撫でてくれていた手を掴んだ。
「ん? どした?」
再び腰を下ろして涙花を見つめる。
周りは静かで、お祭りの喧噪もあまり聞こえない。時折、花火会場の放送の声がするけれど何を言っているか分からず遠くから響くだけ。
お祭りの雰囲気は好きだ。わくわくするし、色々食べたいし、堪能したい。でも彼は少し苦手そうだし、なにより。
「もう、お祭りはいいかな」
「もういい?」
「うん」
「花火は?」
「それも、もういい」
「どした? やっぱ足とか痛めたか?」
心配そうな表情になった戌介に、涙花は首を横に振る。
「ううん、違うの」
ここで戌介くんが楽しそうじゃないからと言えたら、彼女の鏡なのだろうか。
どうして彼がお祭りに憧れていたのか知らないし、それを教えてもらえなくて、モヤモヤする。
それならこれからまたお祭りに行って、お祭りの楽しさとかを伝えられたらいいのかもしれない。楽しい思い出を作ったら、彼も楽しかったと笑えるかも。
それなのに、私は自分勝手な恋人だ。
「また戻って戌介くんがナンパされるの、やだし」
それに。
「お祭り行くと、ほら、可愛い浴衣の子、沢山いるから……それも、やだ」
「…………」
少しの沈黙。それから戌介が「はぁぁ」と大きく溜息をつく。
また余計なことを言ってしまっただろうか。中学時代のときのように嫌われたらと今更思い出す。
忘れていたわけではない。でもいつも隣にいてくれる彼に甘えてしまうから、イヤな思い出に蓋をしてしまえる。でもまた同じ過ちを繰り返したら意味が無い。
(やっぱり私ってバカ)
引かれたかもとビクリと肩が跳ねれば、急に顎をすくわれた。
「んっ」
そしてそのままキスをされる。
(え、なに、なに?)
突然のそれに驚き、抵抗も出来ずに固まってしまうけれど、戌介の唇は優しく涙花の唇を食んで、ちゅ、ちゅと柔らかくキスをする。
「ふ、ぅ」
上手く息が吸えなくて少しだけ口を開くと、それを見逃さずに舌が押し当てられる。そしてそのまま上唇と前歯の間を舐められた。
「ん、んン」
逃げ遅れた舌が、彼の舌とぶつかり合う。ヌルリと舐められた舌に、ゾワゾワと身体が震えてしまい、ようやく涙花は戌介の胸板を叩いて顔を逸らした。
それでも戌介は涙花の頬に手を添え、額と額を合わせる。互いにぶつかり合う息が熱い。
「ちょ、なに。なんで、急に」
「可愛かったから」
鼻頭に口付けられ、「ん」と顔をまた背けようとしたけれど、頬に触れる手がそれを許さない。
口角、反対側の頬、瞼。キスの雨を降らせる戌介の手首を掴むけれど、それが止むことは無い。
「いぬ、かい、くんっ!」
「涙花、めちゃくちゃ可愛い」
「っ……」
また唇にキスをされる。
ここは外だ。木が多くあるからといっても誰か来るかもしれない。
そう思うのに、戌介のキスにも意識がいってしまって、周りを気にする余裕がない。止めても止まらない。だから彼のことで頭がいっぱいになる。
「俺がナンパされるの、イヤだった?」
唇が触れ合ったまま聞かれ、小さく「知らない」と返す。すると叱るように下唇に歯を立てられ、囓られる。
「涙花以上に可愛い奴なんていねぇよ」
「そんなこと、ない」
「涙花が一番可愛い」
「そんな、の」
「可愛い、涙花」
頬にキスされ、それから耳たぶに唇を寄せられる。そして吐息を混ぜてまた「かーわいい」と囁かれてしまい、身体がビクンと反応するし、胸の奥がギュウと苦しくなる。
「だめ、やだ」
「やだ? 本当に?」
「んっ」
高い声が漏れてしまい、恥ずかしさに唇を噛みしめる。でもそれをこじ開けるように舐められ、唾液がこぼれ落ちそうだと咄嗟に口を開けてしまえば彼のペースに飲み込まれてしまう。
イヤなわけじゃない。でも恥ずかしい。けれど本当はやめて欲しくない。それでもやめて欲しい。
矛盾した気持ちがぐるぐる回って、けれどそんな悩みは熱い息になって音にならずに吐き出されてしまう。
頭がぼんやりしてきて、絡み合う舌がジンジンする。「ぁ」と小さく零れる声が夜の空気に混ざるように消えては、ちゅ、くちゅ、と唾液の音が暗闇に響いている。
しかしその卑猥な静寂は、ドン! という音によって唐突に終わった。
「わっ!」
低く重い音が身体に響く。
驚いた涙花が咄嗟に身体を離せば、その音がまた続けてドンドン! と鳴り響いた。
「花火か」
「び、っくりしたぁ」
きっと打ち上がっているのだろう方向へ顔を上げる。
やはりここからは見えない。黒い空に花火の煙のようなモヤが流れているだけだ。涙花はそれを眺めながら、そっと息を長く吐き出した。
唾液で濡れた唇がキスの生々しさを物語っていて、今すぐ拭い去ってしまいたいけれど、それも何となく恥ずかしい。それに少しだけ勿体ない。
(もう、キスは終わりかな)
祭りの場所から離れていて、花火も見えない場所といえど、ここは外だ。いつ人が通るか分からない。
涙花はいつの間にか戌介へと寄りかかっていた身体をそっと戻せば、「涙花」と名前を呼ばれた。
返事をする前に反射的に戌介を見ると、彼は涙花の手を取って立ち上がる。
「こっち」
「えっ、ちょっと」
引っ張られ、たたらを踏みながらついて行く。
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