①溢れる熱はキャパオーバー

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――――ピピピピ! ピピピピ! 「わっ」  集中しているところで、突然鳴り響いたスマホのアラーム音。  驚いた涙花とは対照的に、戌介は冷静に「お、時間か」と画面をタップして止めた。 「え、なに? 電話?」 「ちげぇよ。ただのタイマー」 「タイマー?」 「一時間」  スマホを持って、涙花の前で振る。 「一時間だけ宿題頑張るって話しだったろ」 「え、あ、うん、そう、だね」  忘れていたわけではないけれど、宿題に集中していて頭から抜けていた。  これからはキスの時間。一気に顔が火照ってくるけれど「ちょっと待って」と涙花はノートに視線を戻した。 「待って、あとちょっと。ちょっと待ってね」  化学の次に手を出したのは数学。いま式を解いている真っ最中で、何となく感覚が掴めそうなのだ。それは数学が苦手な自分にとって大切なこと。 「出来ればキスはこの数式が解けてから」なんて色気も何もないことを呟けば、戌介はじっと涙花を見つめ、それから立ち上がる。  必死に解いている涙花は、どうしたのかという疑問も抱かない。だが突然ノートの上にコップと菓子が乗ったお盆が置かれ、驚きに視線を上げる。  気付けば戌介は隣に座っていて、ニッコリと笑った。 「もう待った」 「んっ」  ちゅ、と軽く唇が触れ合う。  突然のそれに反射的に目を閉じてしまうけれど、触れ合うだけのキスが何度も行われる。それだけでようやく掴めそうだった数式の感覚は抜けて消えてしまった。しかしそれを恨む余裕もない。 「ん」  唇と唇。  キスという名前がついた触れ合い。  手を繋ぐことも恥ずかしいけれど嬉しくて、キスも両手以上しているけれど、まだ慣れない。  どうして唇だとこんなにも特別なのだろう。 「ま、って」  ただ触れ合わせているだけでも呼吸の仕方が分からなくなる。  鼻から息を吸えばいいと言われても、触れ合う唇を待ち構えてしまうし、そちらばかりに集中してしまって呼吸どころじゃない。  いつの間にか重なっていた手をぎゅっと強く握って、少しだけ顎を引く。戌介はそれを無理に追いかけることはせず、大きく呼吸をする涙花の鼻頭にキスを落とした。  ここで『へたくそ』とか言われたら、『急にするから!』と憎まれ口を叩くことも出来るのに、今度は額、頬、口角とキスを振らせて、こちらの息が整うのを待ってくれているから文句もなにも言えない。  少しずつ呼吸がゆっくりになれば、伺いを立てるかのように上唇を舐められる。 「っ、ん」  分かる。少しでも口を開けば舌がこちらの口の中に入ってくる。  イヤなわけじゃない。でもぬるりとしたそれが気持ちいいと感じてしまうことが恥ずかしくて慣れない。  でも、キスは好き。  何とも複雑な気持ちを抱えつつも、一度キュッと口を閉じてから、ゆっくりと唇に隙間を作る。 「ん。いい子」  息が含まれた声音で囁かれ、次には囓られるようにキスされた。  口腔に舌が少しだけ潜り込んで、大丈夫かとお伺いを立てる。でもこちらの返事を待つことはなく、ゆっくりと、でも確実にこちらの口の中を辿り始めた。 「ふ、ンっ」  喉の奥に舌が勝手に逃げる。でもそれを許さないと彼の舌が迎えに来て混ぜるように誘い出される。  かすめる上顎にピクリと肩が跳ね、繋ぐ手も震えた。  鼻で呼吸は難しくて、でも唇の隙間から息を吸う。それでも苦しくて――でも気持ちいい。  舌と舌が絡んで、そのまま唇が離れていく。  互いに舌を出したまま顔が離れ、荒い呼吸がぶつかり合った。 「ふぁ」  いつの間にか顎に伝っていた唾液を舐め取られる。 「気持ちいい?」  キスの雨ではなく、舌で表面をなぞるようなそれに、涙花は身体を縮こませる。そして繋がっていない方の手で戌介の胸板を少しだけ押すように服を掴んだ。  皺になるとか、そういうことを考える余裕はない。 「し、しらない」 「そっか」  いつもだったら意地悪く笑う戌介なのに、彼も少し乱れた呼吸を繰り返して涙花を見た。 「俺は、気持ちいい」 「ぁっ」  顎に歯を立て、それから首筋にキスされる。レロと舐め上げられて耳の後ろにまた歯を立てた。  背中と腰がぞくぞくする。全身に力が入って固まれば、それをほぐすように耳に息を吹きかけられ、また小さな声が漏れてしまう。  多田と再会したあの日。  あの日もこうやって戌介は触れた。 『なんか、怒ってる?』 『うん。すっげぇ面白くない』 『多田くんのこと?』 『まぁ、そこらへん』  嫉妬したのか聞く勇気はなかったけれど、今なら確実に嫉妬だったと断言できる。それだけ戌介が涙花のことを大切に想ってくれていることを知っているからだ。  でもあの時よりも彼に触れた所は熱を持ち、ぞくぞくする。それが快感なのだと理解できるほど、全身が熱い。 (きっとあの時より、今の方がずっと戌介くんのことが好きだからだ)  はぁ、と吐き出した息はどこか悩ましげな溜息のようだ。 「涙花」  耳たぶを噛まれ、また背中を丸めて小さくなる。 「俺のこと、抱きしめて」  腕が引かれる。そして自分の肩の上に置いて「ほら」と促した。それに怖々としたがい、涙花はぎゅっと戌介を抱きしめる。  向かい合わせでは少し大変な姿勢だったが、戌介が膝を立てて脚の間に涙花を入れて、横抱きにするような形へ。そうやって互いに抱きしめやすくする。 「苦しく、ない?」 「大丈夫」  心配した涙花の額に口付け、それからまた唇を重ね合う。  抱きしめ合ってキスをすると、なんだか自分からねだってキスをしているみたいだ。でも戌介にも強く抱きしめられれば、同じ熱量で愛してくれてることが分かって嬉しい。  キスの合間あいまで呼吸を繰り返す。  すると戌介の抱きしめ合っていた手が、するりと背中を辿った。
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