①溢れる熱はキャパオーバー

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「わっ」  びくりと身体が跳ねる。反動で唇が離れたけれど、それを許さないともう片方の手でうなじを支えられてキスが続行。でも背中も再び撫でられ、涙花はそのくすぐったさに背中が反った。 「んっ、ぁっ、ふぅ」  くすぐったい。戌介に回した腕が強くなる。でもきっとこれはくすぐったいだけじゃない。  ぞわぞわ、ざわざわして、身体が跳ねるのが止まらない。  キスだけでも苦しいのに、そんな風に触れるともっと呼吸が追いつかない。  呼吸の合間に戌介がフッと笑い、それから涙花の口角を舐める。そして唇を触れ合わせるだけの近さで「背中」と言った。 「弱いんだ?」 「う、ぇ?」  そういえば身体のくすぐったいところって性感帯だと聞いたことがある。  瞬間、一気に顔が赤くなった気がした。でももうすでに撫でられる背中に力が入る身体は熱い。  背中が弱いと言われたことに何も返せずにいると、戌介の手が撫でるだけではなく、指先でひっかくようなものに変化する。  それにカリ、と引っかかる。  一体なにが引っかかったのか。考えるまでもなく答えが分かり、涙花は戌介を強く抱きしめて肩口あたりに顔を埋めて言った。 「それ、やだっ」 「やだ?」 「だって、それっ」  撫でる手を止め、そこをカリカリと掻く。  それは下着、ブラジャーのホック部分だ。  そんな触り方で外れることはないけれど、男女の違いの部分でもあり、色々な意味で意識してしまって身体が必要以上に敏感になる。 「やっ、恥ずかしいっ」 「止めて」と絞り出した声は、高く鳴く猫のようだった。我ながら女々しい。  そう言われた戌介はそこをひっかくのはやめ、また背中を辿る手に戻す。  くすぐったさや気持ちよさ。ぞくぞくするそれに、ブラのホックの上に手のひらが通る度に心臓がドクリと跳ねる。 「顔、見せて」 「やだっ」 「涙花、見せろって」  埋めていた顔を取られ、顎を持ち上げられる。  何とか視線を逸らしているけれど、親指でそっと頬を撫でられれば顔が見たくなる。でも視線が合ったらきっと自分は死んでしまう。  でも戌介は促すようにホックの上をトントンと叩いた。そして「涙花」と掠れた声で名前を呼ぶ。 「……いじ、わる」  数回視線を泳がせ、それから視線を合わせた。  息が乱れて、顔が真っ赤なのは自分だけかと思っていた。だから顔を見られて視線が合えば、どこかイタズラが成功したかのような笑みを見せるのだと。しかしそれは全く違った。 「涙花」 「……戌介、くん」  戌介の呼吸も乱れていた。少し悩ましげに眉を寄せて、ぶつかる息はとても熱い。  背中を撫でていた手が涙花を引き寄せ、密着させる。胸元のドクドクと心臓の音が激しいのはきっと涙花だけではない。 「かわいい」  触れ合うだけのキス。 「恥ずかしがるのも、かわいい」 「そんな、こと、言わないで」  視線をまた逸らしてしまう。言葉なくキスだけでそれを叱る。 「涙花」 「そんな、ふうに呼ばないで……っ」  どうしよう。名前を呼ばれただけで身体に電気が走ったような感覚に陥る。  呼ばないでと言ったのに戌介は何度も「涙花、かわいい」と繰り返し、またキスを送る。  視線が絡めば互いに口を開けて、舌と舌が絡み合う濃厚な口付けをした。  ちゅ、ちゅと響く水音はクーラーの音でかき消せない。  二人の間に唾液の糸がつながったところで、涙花はそれを首を振って断ち切った。 「も、無理。ストップ、ストップ!」  これ以上は本当にまずい。  じくじく腹の中が騒ぎ出したそれに、ストップを掛ける。 「ん。そうだな」  戌介も同じ気持ちだったのだろう。涙花のストップに抗うことなく彼も背中に回していた手を離した。 「俺もやばい」  その手で涙花の頭をくしゃりと撫で、それから額に一つだけ優しく口付けた。 「ありがとうな」 「…………」  お礼を言われ、何のことかとぼんやり戌介の顔を見つめる。それから今の行為に対してのことだと分かり、少しだけ唇を尖らせた。  触れ合いに対してありがとうなんて。そんなの片方からの一方通行みたいで好きじゃない。 「涙花?」 「私も、ありがとう」  少しだけ首を伸ばして、先ほどされたように彼の額に口付ける。  ぽかんとした戌介に涙花は少し笑って、でも視線は逸らして言った。 「その、えっと、私も、きもち、よかった、です」 「…………」  訪れた沈黙。  顔から火が出そうで、でも無言の彼に少しの不安を覚える。変なこと言ったかも?  すると戌介は涙花の頬を取り、優しく撫でる。キスかなと無意識に顔を向けるが視線は合わなかった。戌介の方が視線を逸らしていたのだ。 「バカ」 「え?」 「襲われても文句言えねぇからな」  グッと何かに堪えるように身体を固くし、それから涙花の頬から手を退ける。そして振り切るように首を振って立ち上がった。 「トイレどこ」 「あ、えと部屋でて右」 「借りるな」 「うん、どうぞ」  ドカドカと足音が聞こえそうな慌ただしい足取りで部屋を後にする。それからバタンと閉まった音。それはトイレのドアだろう。 「…………」  一連の流れを思い返し、それからようやく言われた意味も、トイレに行った理由も分かって両手で顔を覆った。 「やっばいくらい恥ずかしいぃ……」  トイレから出て来た戌介を一体どんな顔をして迎えればいい? 何も意識せず『おかえり』って言って、それから『お菓子食べよっか』と笑いかければ問題ないけれど、それが出来る自信が無い。絶対にぎこちなくなる。  恥ずかしくて、でも嬉しくて、それに気持ち良くて。  二人きり、ベッドがある部屋で襲わないでくれることも、なんだかときめいちゃったりもして。 「あーもう」  いつかは最後までスるんだろうけれど、でもちょっと、もう少し待って。 「私、きっと恥ずかしくて死ねる」  今のでもう、精一杯です!
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