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●幕間
今日は女子のお泊まり会の日!
「澪りん、涙ちゃん、やほー」
「ごめん遅れて!」
「問題ナッシング! 早めに電車動いて良かったね~」
朱莉の家の最寄り駅。
大きな柱の前で待っていた彼女は大きく手を振り、澪と涙花は走って駆け寄った。
乗っていた電車が途中、信号機の確認やら何やらで止まってしまったのだ。これは運が悪かったとしか言い様がない。
「早速うち行っちゃっておけ?」
「おっけーおっけー」
「今日はお邪魔します」
「んじゃレッツらゴー!」
それは夏休みに入る前のことだった。
『たこパ、したくね?』
いつものことながら、突然の朱莉の発言に乗っかったのは、それも勿論言わずもがな澪である。
昼休みで騒がしい教室の中で、彼女は背筋を伸ばし、綺麗な姿勢で挙手をした。
『たこパ、したいです』
『女子会とかさー、なんかダラダラだべりたい』
『はい、したいです』
『お。澪りん、ノリいいじゃーん?』
パチパチと拍手をする朱莉に、挙手を敬礼に変え『もったいないお言葉』と真剣に返す澪。彼女の二つに結ぶ髪の毛がピコピコ揺れる。
いつもの二人と変わらないが、涙花はこういう二人を見るのが好きだった。
涙花は彼女らを見ながら、朱莉からもらったマンゴージュース――以前のヨンジーガムロの代わりにもらった時に気に入ったもの――をストローですする。
『お泊まり会とかさぁ、楽しそうだと思いませんこと?』
巻かれた髪の毛をサラっと、まるでどこかのお嬢様のように流すその姿もどこか様になっていて、涙花は小さく笑ってしまう。今度は澪が拍手をする番だ。
『え、それめっちゃ良くない? たこパお泊まり会ってこと?』
『そういうこと』
たこパお泊まり会かぁ。楽しそうだなぁ。二人とも枕投げとかしそう。
そんなことを思っていた涙花だったが、ガシリと両肩を掴まれる。細かく説明すると、右肩を朱莉に、左肩を澪に掴まれた。
『え?』
『ここからはアタイらの時間だよ』
『え、なに? どういうこと?』
『夏休み、たこパお泊まり会決行だぜ!』
ドンドンパフー! と口が楽器になる二人を交互に見る。待って、本当にどういうこと?
『なに涙花、たこパはイヤ?』
『涙ちゃんはお好み焼き派だった?』
『違う違う、そうじゃなくて』
えっとね、とぎこちなく笑って頬を掻く。
『もしかしてなんだけど、私も一緒でいい、って、こと?』
中学三年の時に友達がいなくなり、そして高校一年生の頃は時折澪と出掛けたりしたが、静かに過ごした。
二年生になって公開告白を経て、戌介という彼氏が出来たけれど、まさかそんな楽しそうな女子会に私も参加出来るというのだろうか。
少し緊張した面持ちで聞けば、朱莉と澪が顔を見合わせて、大袈裟なほど溜息をつきながら首を横に振った。
『涙花、アンタ逃げられるとでも思った?』
『涙ちゃんも一緒にバイク盗んで走り出すんだよ。共犯だよ共犯』
『……つまるところ?』
『一緒にたこパお泊まりするに決まってんだろーい!』
ということで夏休みに入り、今日がその日である。
家を出る前には戌介から『楽しんで来いよ』というメッセージをもらった。前もって今日の予定を伝えてはいたが、日付まで覚えていたとは思わずびっくりしてしまった。
(楽しみにしてたこと、きっとバレバレだったんだろうなぁ)
久しぶりに女子友達と騒げることが素直に嬉しい。彼にたこパお泊まりの話をしたとき、きっとその喜びが溢れてしまっていて、その印象が強くて覚えていてくれたのだろう。
今日はめいいっぱい楽しんで、彼に楽しかったと報告できるといい。
「私、この辺って全然来たことないんだよね~」
「私も。さっきの駅で降りたのも初めてかもしれない」
「この辺は住宅街だし、遊べるものとかないしね~! 学生とかも全然見かけない! でもその分、色々面白いよ!」
「その分、面白い?」
「そそ!」
朱莉は一歩前に出て、クルリと回る。
「お豆腐屋さんとか、焼き芋屋さんとか、そこら辺が回って来てさ。みんなで買いに走るの。でもどこにいるか分かんなかったりもするんだ? そしたらベランダに出てたおばちゃんとかが、あそこだよ! って指さしてくれんのー!」
「なにそのワンチーム。最高じゃん」
「すごいね」
三人で笑い合う。
「ちなみに、うちはあれね!」
「へぇ、駅と結構近い……ね⁉」
指さした朱莉に驚いた様子の澪。
一体どうしたんだと指さされた方を見ると、そこには住宅街の中で城のようにそびえたつ一軒の家だった。
二階建てなのは周りと変わらないが、屋根裏部屋でもあるのだろう。頭がひとつ飛び出ている。大きいのは高さだけではなく、全体的な横幅も。家が二、三個合体しているような大きさだ。
白い壁に、赤い屋根。人形遊びが出来るおもちゃの家そのものが現れたような、そんな家である。
「すごく、立派」
こぼれ落ちた涙花の言葉に、「へへ! 褒めたってあれ以上大きくならねぇやい!」と嬉しそうに返ってくる。もう十分大きいので、このままで大丈夫です。
「もしかして、朱りんってお金持ちのお嬢様?」
「んー、そういうのとはちと違うかな。多分」
「多分?」
「うち、グローバルだから!」
「……グローバル?」
そう話しているうちに朱莉の家の前に到着する。近くで見ると、本当に立派な一軒家だ。広い庭もあり、奥には木で出来たブランコまである。リアルで見たのは初めてだ。
手前の花壇もちゃんと整備され、色とりどりの花が咲いている。
「グランマー! ただいまー!」
厚いドアを開いて言った朱莉の言葉に、涙花と澪は顔を見合わせる。祖母と一緒に住んでいるのだろうか。もしかしたら、一軒家にして二世帯住宅のように使っているのかもしれない。
「おじゃまします」
小さく頭を下げながらドアをくぐると、これまた白い大理石の玄関。そして奥からは――――
「ハーイ、おかえりなさいネ」
「えっ」
年配の外国人が小さく手を振りながら出て来た。
瞳は綺麗な青色で、銀色のような白髪が綺麗に短く整えられている。どこからどう見ても外国人だ。
「こちら、アタシのグランマ! おばあちゃんだよ!」
「どうぞよろしくネ~」
「よ、ろしくお願いします!」
ニコニコしながらまだ手を振っている祖母、グランマに慌てて二人も頭を下げた。
朱莉の祖母が外国人だったなんて全然知らなかった。先ほどのグローバルとはこういうことか。
「こっちは話してた涙ちゃんと、澪りん」
「お邪魔します」
「ハイハイ」
グランマも小さくお辞儀をする。
「おもてなし、何もないけど、楽しんでネ~」
「ありがとうございます」
「んじゃ、アタシの部屋へ行こ行こ」
朱莉は向こうを指さし、奥へと進んでいく。途中で横切ったリビングも広く、置かれていたテレビも大きい。まさにテレビで見るお金持ちの家だ。
案内された朱莉の部屋はそのリビングから続く部屋で、一階にあった。
「はい、くつろいでね~」
どうぞー、と言われて朱莉の部屋に入る。
彼女の部屋はさほど広くなく、準備してくれたようで中央には大きな丸テーブル、そしてたこ焼き機が置かれている。
ベッドは少し大きめで、布団が整えられていないのが彼女らしい。
壁にはコルクボード。そこには山やら店やら、色々な写真が貼られていた。
二人は無意識にふぅ、と息を吐き出した。
「朱りんのおばあちゃんが外国人だなんて知らなかったよ」
「あり? 話したことなかったっけ?」
「うん。初めて知ったかも」
「そっかー! じゃあ驚かせたね!」
すまんすまん、と笑う朱莉は、先ほどのグランマと笑顔が似ている気がする。
「グランマはね、パパの方のお母さん。グランパは日本人だけど、もう天国にバカンスしに行ってる」
亡くなっていることを天国へバカンスなんて、朱莉らしい。
涙花は小さく笑い、そしてハッとして手に持っていた紙袋を朱莉に差し出した。
中身はどら焼き。箱に入ったそれはデパ地下で買ったそれなりのもの。澪と一緒にお金を出して買ったものだ。
「今日お世話になるから」
「えっ! そんないいのに! でも嬉しー! あんがとー!」
受け取った朱莉は「どら焼き!」と嬉しそうに笑った。
「ママの大好物じゃんじゃん!」
「それは良かった」
「澪ちゃんのご両親にも挨拶ってした方がいいのかな」
「んーん、しなくて平気!」
首を横に振る。
「パパは海外で働いてるから家にいないし、ママは人が苦手で二階にいるから!」
「えっ、お母さんに迷惑掛けてない⁉」
「問題ナッシング! 人は苦手だけど、楽しそうなのは好きだから!」
どういうことだと涙花と澪は視線を合わせるも、問題ないと朱莉が言っているのだ。今日はそれに甘えさせてもらおう。
お父さんは海外で働いているというのも初めて知った。これまた朱莉が言ったグローバルということか。
この家も確かに外国風な見た目ではある。きっとそれに模して建てたのだろう。
「もしかして、朱莉ちゃんの髪の色って地毛?」
「うんうん! そう! 地毛だよ~!」
「そうだったんだ」
髪を巻いているから、それに合わせて染めているのかと思ったけれど、外人の血が混ざっているのだったら地毛でも何もおかしくない。
よく澪の家の話は聞くけれど、そういえば朱莉の家の話は全く聞いたことがなかった。
(隠していた訳じゃないんだろうけど、知らないこと、いっぱいあるなぁ)
いつも仲良くしてくれている彼女のことを知れたのは、何となく嬉しい。
「んじゃ! たこパ始めよっか!」
「イエーイ!」
「はーい!」
腕を持ち上げてハイテンションな二人に、涙花も拍手をして笑った。
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