●幕間

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「――んで? 夏休みはワン君と遊んでるの?」  ジューと、まだ液体のたこ焼きが沸騰する音が響く。  朱莉は両手に竹串を持ち、焼け始めたものは上手に回転させて焼いていく。  突然彼氏とのことを聞かれ、涙花は「へ?」と食べていたたこ焼きを皿に戻す。中身のタコが皿に逃げ出した。 「う、うん。遊んでるっていうか、一緒に宿題したり、してるよ」 「宿題してんの⁉ 涙ちゃんもワン君もえらーい!」 「んじゃ、どこまで進んでるの?」  澪はたこ焼きに息を吹きかける。焼く係は買って出た朱莉に任せている。 「えっと、化学はもう終わったかな。あとは古典と」 「そうじゃなくてそうじゃなくて。恋人としての関係の進展だよ」 「えっ」  ボッと一気に顔が熱くなる。  たこ焼きを焼いていると意外と周りは熱いんだなぁなんて思っていたが、聞かれたそれにもっと体温が上がった気がする。 「いや、えっと、それは、うーん」  視線を泳がせる。朱莉を見たけれど、彼女はたこ焼きをひっくり返していて視線は合わない。助けを求めることは無理だろう。 「き、キスは、して、ます」 「わー! なんか照れるね!」 「なんで朱りんが照れるのさ」 「澪ちゃんも少しは照れて!」 「えぇ? そんな恥ずかしい話じゃないでしょ」 「もしかして澪りんって遊び人?」 「違う違う! 部活に青春を捧げてる女です!」 「それに」と澪は続けた。 「ワン子のことだから、とっとと手を出してると思ってさ」  その台詞にパチパチと瞬きをしたのは涙花だ。 「戌介くんって、手出すの早いの?」 「え? あ、うーん」  隠すことなく澪はヤバっという表情をする。 「まぁ今までは、っていうか。あんまり恋愛的なお付き合いじゃなかった場合というか」 「遊び人……」 「朱りん、黙って!」 「大丈夫だよ澪ちゃん。私だって今まで他の人と付き合ったことがあるんだから、戌介くんが誰かと付き合っていてもおかしくないし」  でもそれは彼の口から聞きたかったというのが本心ではあるけれど。 (幼馴染みだし、家も近いらしいし、知ってても当然だよね)  仕方が無い。 「戌介くんは私のこと、大事にしてくれてる」 「そっか、良かった」 「てか、ワン君はいつから涙ちゃんのことが好きだったの?」  気になっていたことを朱莉が澪に聞き、ドキっと心臓が跳ねる。それはずっと聞きたかったことだ。  しかし澪は「うーん」と、たこ焼きを口に入れ、まるで苦いものを食べているかのように眉間に皺を寄せた。 「一目惚れなのか何なのか、私にも教えてくれなくてさー。涙花と私が遊んでたところ見たっぽくて、その日にあの子は誰だ! 友達⁉ って聞かれた感じ」 「そんで始業式の公開告白に繋がるっと。ワン君、謎だねぇ」  よぉいホッ! とたこ焼きをひっくり返す朱莉。 「ずっとあの子は元気かとか、何してたとか。ほんとストーカーに近かったわ」 「そうだったんだ」  突然の告白の前のことを戌介に聞いたことはない。どうして私を知っていたのか、それも知らない。そしてどうして私のことが好きなのか。全然知らない。 (でも今まで手を出すのが早かったんだ)  じゃあどうして私には手を出さないんだろう。  キスはする。なんとなくだけど、その先を望んでるような気もする。もしかして私の気持ちとか、そういうのを慮って手を出さないでいてくれるのだろうか。 「ねぇ、戌介くんは――――」  どんな人と付き合ってたの?  どうしてその人と別れたの?  そういえば喧嘩にも強いし、前に絡んできた人も戌介くんのこと知ってたみたいだけど?  カラオケとか好きそうじゃないけど、前からそうだった? (あれ、私) 「涙花?」  戌介くんのこと、全然知らない。 「えっと……」  でも澪ちゃんはきっと知っている。幼馴染みだし、仲が良いし。戌介くんのこと聞いたら、話してくれると思う。  けどそれでいいの?  勝手に聞くのは悪いこと? もしかしたら知られたくないことがあるかもしれない。私だって中学の時のことは知られたくなかった。  好きな人のことを知りたいのは自然なことだけど、それを幼馴染みの澪ちゃんから聞くのは違うような気がする。本人に聞くのが一番だし、付き合っているのだから聞いたっておかしくない。  でも、でもね。 (私が知らないことを澪ちゃんは知ってる)  それが、少し、なんとなく、それは―――― 「涙ちゃん」 「へ? あっ、はい!」  グルグルし始めた思考の海に沈んでいた涙花は、朱莉に呼ばれてハッとする。  慌てて顔を上げれば、皿に新しいたこ焼きを乗せられた。 「ありがと」と言えば、朱莉は「いいってことよ!」と笑った。 「お祭りはワン君と行くの?」 「あ、うん。その予定」  今度夏祭りがあるのだ。  前は引っ張られるように澪と一緒に行ったことがある。でも今年は戌介に誘われ、一緒に行くことになっている。  ちなみに浴衣姿を見たいと言われ、美容室で着付けてもらう予定だ。 「ワン子、お祭り行くんだ」  どこか呟くように言った澪に、涙花は首を傾げた。 「何かあった?」 「あ、いや全然、別に」  そう答えてからムっと口を尖らせた。 「去年は私と一緒に行ったのに。彼氏持ちはこれだから」 「澪ちゃんも一緒に行く?」 「ワン子に殺されるから遠慮しときます」 「確かにワン君、キレそ~!」 「朱莉ちゃんはお祭り行くの?」 「えっ、アタシ⁉」  突然聞いたからだろうか、朱莉は驚いたようでひっくり返していたたこ焼きが、いびつな形で裏返される。  今まで綺麗にリズムよくやっていた為、そのひとつが非常に目立つ。  そこまで驚くことか? と澪が首を傾げると、朱莉は「ははは!」と取り繕うように笑った。 「行く! 行く行く予定!」 「そっか、そうなんだね。突然ごめんね」 「全然! あはは!」 「……なんか朱りん、怪しくない?」 「えー? なになに? 澪りん勝負すっか? お? やりますか?」 「突然なんの勝負さ。まだいつもの調子、戻ってねぇですよ?」  すでに焼けているたこ焼きを澪は竹串で取り、朱莉の皿の上に乗せる。  そしてもうひとつ。いびつになったそれを回転させ、見えないようにした。 「朱りん、彼氏がいるな?」 「えっ! そうなの⁉」 「いない! いないない! 彼氏じゃない!」  真っ赤な顔になった朱莉は珍しい。首を横にブンブン振る姿もいつもと違う。  いつだって楽しそうな彼女が動揺するのは初めて見たかもしれない。  この家のこと、家族のこと、今まで知らなかった朱莉のことが少しずつ暴かれていく。  初めて知っていく、友達のこと。 (私も、戌介くんとこうやって話せたらいいな)  始まった澪と朱莉の応酬を見ながら、涙花は思う。  幼馴染みの澪の方が彼のことを知っているのは仕方が無いこと。だから、これからのことを知っていけばいい。  戌介の気持ちを疑っているわけでは無いのだから。
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