50人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
祭りは活気があり、人が多く流れていた。
このあと、もう少し暗くなったら花火も打ち上がる予定だ。だから尚更人が多いのだろう。
涙花と戌介は手を繋いだまま、道なりに歩いて行く。
美味しそうな匂いに、子供たちがはしゃぐ声。くじを引く店での商品のラインナップは今年流行したキャラクターのグッズだ。こういうものは時代に合わせて少しずつ変化していく。
「昔はくじとかよく引いてたなぁ」
「へぇ、そういうのしないと思ってた」
「私も大して欲しいものは無かったけど、お祭りでくじを引くっていうのが良かったんだよね」
「あー、なるほど。なんとなく分かる気がする」
「戌介くんはやってたりした?」
「いや、俺は……んー」
戌介はどこか悩むような間を開けた。
「あんまやってなかったな」
「そうなんだ。射的とかやってそうなイメージだけど」
「全然。そういうのもしてないかな」
「そっか」
カランと下駄の音が響く。
彼は花より団子、くじとかより食べる方が幼い頃から好きだったのかもしれない。
「涙花、なにか食べる?」
心の声が聞こえたのか、そう言って振り返った戌介に涙花は「うん、食べる」と頷いた。
帯を締められて少し苦しいから、あまりいつもより食べられないかもしれないけれど、お祭りではお祭りならではの美味しさがある。味合わなければ勿体ない。
「私、焼きそばにしようかな。戌介くんは?」
「じゃあ俺も焼きそばで」
「ひとつを二人で分ける? その方が色々食べれるよ」
「たしかに」
「他に食べたいものは?」
「えーっと」
キョロキョロと辺りを見渡し、それからまた涙花を見た。そして繋いでいる手を軽く振る。
「涙花が食べたいものにしようぜ」
「二人で分けるんだし、戌介くんの食べたいものでいいんだよ?」
「涙花が食べたいものが俺の食べたいもの」
「えぇ……?」
本気でそう言っているのか、それとも気を遣ってくれているのか。甘やかすのが上手な彼氏だから困ってしまう。
お互いに食べたいものを半分こするなら気にしなくてもいいのに。
「ほら、あそこに焼きそばあった」
「あそこでいい?」と聞かれ、「うん」と頷く。
戌介に誘導されるように行けば、ポケットから財布を取り出した。
「私が払うよ?」
「いいって」
「でも私が食べたいって言ったものだし」
「こんな可愛い姿が見られたんだ、払わせて」
どこかイタズラな笑みで見られ、「ばか」と肩を軽く叩く。
焼きそばを一つ頼んで、箸は二つ取った。持ち歩けるように袋を貰えば、戌介が首を傾げる。
「すぐ食べねぇの?」
「どこか落ち着ける場所にしよ? 人にぶつかっても困るし」
「そうだな」
自然な流れで涙花が持っていた焼きそばを取り、また手を繋いで歩き出す。
パン! と音が聞こえ視線を向けると先ほど話した射的があり、その隣は金魚すくいだ。そこでも子供の悲鳴のような笑い声が響いている。
お祭りならではの景色に、こちらも楽しくなるのは不思議だ。戌介を見ると、彼もまた辺りを見渡していた。
「食べたいもの、見つかった?」
繋いでいる手をキュッキュと強く握る。すると戌介はどこかハッとするような顔をしてから、涙花を見た。
「涙花の食べたいものがいい」
「遠慮しなくていいんだよ?」
「涙花の食べたいものが食べたいんだって」
「ほら、何食べたい?」と促される。聞いたのはこちらだと言うのに。
(なんか、いつもと違う?)
戌介とは土手の方にいつも行っていて、街の方で買い食いして帰るということは滅多にない。たまに休みの日にするデートくらいだ。
人混みが苦手というわけではなさそうだけれど、こういう雰囲気は好きでは無いのかもしれない。だから子供の頃はくじではなく食べ物、というわけではなく、祭り自体に行くことが少なかったということもある。
涙花は少しだけ戌介に顔を寄せ、聞いた。
「お祭り、苦手?」
「えっ」
驚いたのか急に足が止まる。
突然のそれに後ろにいた人が戌介の背中にぶつかってしまい、「すみません」とまた歩き出した。
「何で? なんか俺、顔に出てた?」
「そういうわけじゃないんだけど……いつもと、なんか違うかなって思ったの」
「あー……」
どこか気まずげに間が開く。聞かない方が良かったのかもしれない。
(でも無理してお祭り回って欲しくないし)
一緒に楽しめないのなら別のことをしたって全然構わない。
そう言おうと口を開くが、その前に「まぁちょっと」と戌介の方が先に言った。
「少し憧れてただけ」
「お祭りに?」
「そう」
でも、と続ける。
「それは昔の話で、今は別に何とも思ってねぇし。だから大丈夫」
「な?」と親指で手を撫でられる。向けられた笑顔は作ったものではなかったけれど、それでも涙花はグッと唇を噛みしめた。
それは話したくないということだったからだ。
祭りに憧れてた理由。きっと何かあったのだろう。でも話せない。話したくない。
誰にだってそういうことはある。自分だって中学のことは話したくなかった。結果的に知られてしまったけれど、きっとあの出来事がなければ今も言ってなかっただろう。
(澪ちゃんなら、知ってるのかな)
幼い頃から一緒にいた二人。彼女なら知っているのかもしれない。聞いたら相談に乗ってくれると思う。でも、そうやって戌介本人ではなく、幼馴染みから聞き出すのは何か違う気がする。それは朱莉の家でお泊まり会をしたときにも思ったことだ。
幼馴染みは知っていて、恋人である私は知らない。
それが悲しくて、悔しくて、でも無理矢理聞き出したくはなくて。
「涙花」
いつの間にか俯いていた涙花は顔を上げる。戌介は苦笑していた。きっとまたこちらの気持ちを読まれている。
「悲しませてごめんな。話せなくてごめん。ただ、俺は涙花に――――」
「わっ!」
聞き終わる前に突然ドンと肩を押され、涙花の身体が傾いた。
「涙花!」
倒れそうになったが、戌介が涙花の腕を引き寄せ抱きしめる。人が多く流れる道で倒れるところだった。
「大丈夫か⁉」
「うん、大丈夫。ありがとう」
驚きで心臓が速いけれど、何とか笑みを見せる。それに戌介が安堵するように長く息を吐いた。すると。
「あ、ごめんなさーい」
振り返れば、リンゴ飴を持った女性と、イチゴ飴を持った女性。彼女たちもまた浴衣姿だ。どうやら反対側で歩いていた彼女と肩がぶつかってしまったらしい。
「ちょっと彼女が危ないじゃん。気をつけてよ」
イチゴ飴の女性が友達なのだろう、リンゴ飴の彼女に怒る。だが本気というわけではなく、冗談交じりの言い方だ。
「ごめんごめーん。てか、ちょっと、彼氏イケメンじゃない?」
「わ、ほんとだ。イケメーン」
道の真ん中で足を止めた彼女たちと自分たちに、周りが迷惑そうに避けていく。それでもお構いなく彼女たちは戌介との距離を縮めた。
「彼女とじゃなくて、私たちと遊ばない?」
「もう、そんなの彼女が可哀想じゃーん」
「でも彼女じゃ釣り合ってなくない?」
そう言われて、速かった心臓がイヤな音を立てる。
待ち合わせの時も戌介はナンパされていたし、恋人なのに彼氏のことをちゃんと知らない。こちらが悲しんでいることもバレてしまって、フォローさせる始末。
(私、ダメな彼女だなぁ)
釣り合っていないと、本気で思ってしまう。
「涙花、痛いところとかねぇ? 本当に大丈夫か?」
だが戌介は気にした様子もなく、否、涙花を気にした様子で心配そうに頭からつま先まで見る。
「足、くじいたりとか」
女性二人を無視して心配してくれる彼に、少し驚きながら「大丈夫」と返す。
リンゴ飴とイチゴ飴の二人は「ねぇちょっと」と声を掛けてくるも、戌介はまた無視したまま涙花の頭を撫でた。
「浴衣も着崩れてねぇな」
「無視ですかー? 私たちのこと、ガン無視?」
「あの、戌介くん」
「ごめん涙花、焼きそば落としちまった」
「それはべつに、全然」
涙花を助ける時に手を離してしまったのだろう。袋からも飛び出した焼きそばが地面に落ちている。こちらを優先してくれたのだから、逆に感謝したい。いや、それよりも。
「ちょっと聞いてんの?」
イチゴ飴が戌介の肩を叩く。だが戌介は気にすることも、視線を向けることもせず、まるで彼女二人がいないような、まるごと無視して涙花の肩に手を回した。
「焼きそば向こうにもあっかな?」
「はぁ? ほんとなにコイツ!」
「あの……えっと、焼きそばはもういいかな」
「ん? もいっこ買うけど?」
「うーん。じゃあちょっと場所、移動しよっか」
「おう」
肩を抱いて引き寄せた状態で歩き出す。
最後まで彼女ら二人に視線を向けることもなかった戌介に、「爆ぜろクソ男!」と背中で叫んでいた。
最初のコメントを投稿しよう!