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③心配×心配は?
~*さて、問題です。*~
「ねぇねぇ近ちゃん」
全ての商品をスキャンし終えた朱莉は、手早く会計へと進めていく。
『さんさーん』にやられていた近元はハッとし、「あ、えと会計か」と慌てて財布を探した。だが会計の催促では全くなく。
「アタシさ、もうすぐで上がりだから外のベンチで待っててもらってもい? ちょっぴし話したいことあって」
「へ?」
「なんか急ぐことある? それなら別に構わないよん」
「いや、大丈夫だけど」
どうしたんだろう? つい先ほど彼女の性格に対して勝手に思い込みをしたらいけないと反省したばかりだ。
教師とプライベートでただ話したいという生徒だったら、学校で他の生徒に自慢したりするのではないだろうか。いや、これも思い込みになってしまう? でももしかしたら何か相談したいことがあるのかもしれない。
プライベート的な何かだったらサッと切り上げればいいだけの話だ。
「じゃあ待ってるよ。でも外にベンチなんてあったかな?」
「おうおう」
まるでリズムに乗っているかのように身体を動かしながら首を縦に振った。
「このスーパーの裏に実はベンチがあんのですよ。従業員がたまに通るかもだけど、そこ座っててー」
「分かった」
「待たせてスマンね」
「気にせず、バイト頑張って」
そう言うとまた良い笑顔で「あざっす!」と返って来る。それから会計を済ませれば「ありがっとございましった~!」とレジ店員として頭を軽く下げた。
生徒としてもアルバイターとしても、同じ笑顔で人と接することが出来るのは素敵なことだなと近元は笑った。
――――が。
「玖凪さん、なんの話だろう……」
言われたベンチに座って落ち着けば、何だか不安になってきてしまった。
学校で何か問題でもあっただろうか。いじめ? 教室でそんな雰囲気は見られないけれど、担任教師からでは見えないものはきっとある。
(いやいや、落ち着け俺)
ゆっくりと深呼吸すれば、春の夜の少し湿った空気の匂いがした。今晩は昼間より少しひんやりとする。
スーパーの灯りで星はあまり見えないけれど、天気は良かったから山にでも行けば満天の星空が眺められるだろう。
「近ちゃん、お待たせ~」
少し離れた店員用の出入り口が開くと、朱莉が顔を出し走ってこちらに向かってきた。 面接でも面談でもないのに近元は反射的にベンチから腰を上げる。
「玖凪さん、お疲れ様」
「待たせちまって、ごめんよ」
バイト中は結んでいた髪の毛は解いたようで、見慣れた髪型へ戻っていた。
クルクルと巻かれたそれが走る朱莉に合わせて弾み、いつもの姿である。それにどこかホッとする。
「あはは、立たなくていいのに近ちゃん。ここ学校じゃないよ!」
「なんか条件反射というか……」
「身体に染みついちまったね。職業病っつーやつかい?」
「そうかも」
楽しそうに話す朱莉に、心配で不安になっていた近元にも笑みが零れる。彼女の元気さに救われる人はきっと沢山いるだろう。その中の一人にきっと自分も入っている。
「それで? 話ってどうかした?」
気持ち的に落ち着いたため、切り出してみる。
「あ、涙ちゃんとワン君のことなんだけど」
聞いた瞬間、一気に身体が冷たくなった気がした。
今日学校で声を掛け、そのときは特に問題がなさそうだったけれど、もしかしてあれから何か起きたのだろうか。それとも自分が気にして話しかけたから生徒間で何かよからぬ話が回ってしまったか。
しかし朱莉はいつもの声と笑顔で、近元を覗き込むようにして言った。
「二人なら大丈夫。アタシと澪りんでちゃんと見とくし、うちのクラスもあの二人に友好的だよ。近ちゃんが心配することはナッシング!」
「へ?」
「近ちゃん、心配してたじゃん? だから伝えておきたくて。明日でも良かったけど、不安は早く取り除くにかぎるってね!」
両手でピースを作り、それからチョキチョキと挟みのように動かす。その姿は妙に似合っていて可愛い。
「少しは安心出来た?」
「…………」
パチパチと瞬きをした。まさかそんな話だとは思わなかったから。
近元が朱莉を心配する前に、彼女がこちらを心配してくれたのだ。それはきっと教師と生徒だからとか、そういうことを全部抜きにして、近元が心配していたから、それを取り払おうとしてくれた。
「……優しいね、玖凪さん」
温かい気持ちが湧いて溢れ、それが笑顔の形になる。きっと下がり眉毛のせいで苦笑に見えてしまうだろうけれど、優しさや嬉しさからその笑みを止めることは出来ない。
「ありがとう。心配してくれて」
「あはは! 良かった! 元気になったね!」
「え……分かるもん?」
「分かる分かる」
前にも下がり眉毛に騙されずに近元がご機嫌だったことを朱莉は見抜いた。それはたまたまとか、どうやらそうではないらしい。
「だって近ちゃん、分かりやすいもん!」
明るく言った朱莉に、笑顔のみならず目も丸くなる。そんなことを他人に言われたのは初めてだ。今までこの下がり眉毛に皆が騙されてしまうというのに。
「話したかったのはこれだけ! 待たせて悪かったね! んじゃ、朱莉ちゃんは帰りまーす!」
敬礼をして、そのまま走り出しそうな朱莉に近元は「待って待って!」と慌てて止めた。
「ん? なした?」
「え、あ、えーっと」
止めてから考える――俺、なんで引き留めた?
「えーっと、その、あのー」
別に話すことなどない。でも必死に頭を回転させて、ひとつ思いつく。そうだ、そういえば。
「ここのスーパーよく使うんだけど、バイトは最近始めたの?」
「見かけたことなかったけど」と首を傾げると、朱莉は「ノンノン」と顔の前で人差し指を横に揺らした。
「今まで裏で品出ししてたんよ。でもレジが人不足になっちまって、そこにアタシが入ったってわけさ!」
「なるほど」
「そいじゃ、そろそろ帰るよん」
「あ、玖凪さん!」
また引き留めてしまう。
「帰りは大丈夫? 暗いから、送ろうか?」
「送るって言っても俺も歩きだけど」と付け足してから、一体自分は何をやっているんだとげんなりしてくる。
そんな近元に朱莉は少しだけこちらを見つめてから、「平気だぜ!」とサムズアップ。
「教師の近ちゃんが不審者になったら困るしね! アタシはルンルン帰ります!」
「じゃね~!」と今度こそ朱莉は走るようにスキップをしながら帰って行った。振り返ることはない。言うことは言い終わったと、他に用はないと言うようにあっさり帰って行く。
いや、それでいいんだけどさ。教師と生徒がプライベートで会っていたら問題だし。
朱莉の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、溜息をついて落ちるようにベンチに腰を下ろす。空を見上げても灯りで星は見えない。
元気な子。不思議な子。優しい子。彼女がどんな子供なのか、生徒なのか。分かったような、分からないような。
いや、いま一番分からないのは。
「あーもー」
近元の心境を三十文字で答えよ。
国語の先生、誰かこの問題を解いてください。
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