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②眩しいお日様
~*サングラスを所望する。*~
休み明けの学校。どれだけ子供好きでも、多少は面倒だと思ってしまう出勤。でもきっと生徒たちは自分よりももっと面倒くさいと思っているだろう。それでもちゃんと登校して来る彼らはえらいえらい。
「あ、いたいた。浅野さん」
数学の授業が終わり、今日話をしてみようと思った女子生徒に話しかける。現在例の噂の中心にいる子だ。
「あれ、近ちゃんだ」
先に気付いたのは女子生徒と一緒にいた彼女の友人だ。
廊下で二人で話しているところをわざと捕まえた。一対一だと意外と目立つからだ。
「どうしたの、近ちゃん先生」
女子生徒が問えば、近元は少しだけ周りを気にしてから小声で聞く。
「最近、浅野さんたちの噂すごいけど、大丈夫?」
「あー……」
少し間を開けてから「大丈夫です」と答える。うん。そうくると思っていた。この子はそういう性格だ。友人も分かっているのだろう、女子生徒の返しに溜息をつく。
「涙花はすぐ大丈夫って言う」
「本当に無理してない? 脅されたりしていないかい?」
「脅されたりとか、そんなっ。色々びっくりするというか、えぇ? って思うこともあるけど、戌介くんは、私の話をちゃんと聞いて……」
女子生徒は友人の方を向いて。
「私の話を聞いて、くれてる?」
「ちょっと涙花、私に聞かれても分かんないよ」
そんな生徒たちに近元は小さく笑って「そっか」と頷いた。
「困ってなければいいんだ。でも無理しないで。何かあったら先生に相談するように」
「はーい」
友人の良い返事。
「そこは波木さんが返事をすることではないでしょ」
「いやいや近ちゃん、涙花はそんな簡単に教師に相談するタイプじゃないから。出来て私に話すくらいだよ。だから何かあったら私が近ちゃんに相談するー」
二つ結びの髪の毛がピコピコと揺れる。
「確かにそうかもな」
「いえ大丈夫だから。近ちゃん先生もそんな説得されないで」
「ちーかーちゃーん!」
突然大きな声が廊下に響き、勢いよく振り返る。言わずもがなそこにいたのは朱莉だ。
周りの生徒たちも驚いて彼女に注目し、目立っているけれど、彼女は全然気にしていない。
「ちーかーって、まだここにいたんだ」
近元に気付いた朱莉がこちらに小走りでやって来る。一体どうしたのだろう。
(あ、そういえば)
――やっほー、近ちゃん。こんばんは~!
先週の夜に彼女と出会ったことを思い出す。もしかしたら夜に出会ったこと、そして酒臭かったことも友人にも話し、呑み過ぎ注意と怒りに来たのかもしれない。
生徒たちはみな、近ちゃんという愛称で呼んで、友達と同じように話してくれる。敬語やら年上への敬いやら色々あるだろうけれど、近い存在として認知し、色々話してくれることが近元は嬉しかった。
子供に説教されるのも悪くないだろう。
「近ちゃん、教室に教科書置いてったしょ」
だが予想と全然違う言葉と共に、数学の教科書を差し出される。
「え、わ、本当だ」
反射的に空っぽな両手を見る。女子生徒と話すことに気を取られ、それ以外のものは忘れてしまったらしい。朱莉はその教科書を持ってきてくれただけのようだ。
「ありがとう、玖凪さん」
「いいってことよ」
朱莉が教科書を渡せば、近元は笑顔を苦笑に変えた。
「でも出来れば廊下で俺の名前を叫ぶんじゃなくて、職員室まで来てくれたらありがたいな。ほら、廊下のみんな大声でびっくりしちゃうから」
もう騒がしい廊下に戻っているけれど、さっきは確かにみんな驚いて朱莉に注目していた。しかし朱莉は「えーでもさー」と頭の後ろに腕を組む。
「もう廊下、歩いてると思って。なら叫べば近ちゃん気付くじゃん?」
「まぁそうだね。でも大きい声で名前を呼ばれたら恥ずかしいよ」
「恥ずかしい? マジか。なら気をつけるー。ごめんね近ちゃん」
彼女が片手でスマンというジェスチャーをすれば、近元は教科書を両手で挟み、拝むようにして小さく頭を下げた。
「いえいえこちらこそ、助かりました」
「ニシシ」
そんな近元を笑ってから、彼女は女子生徒と友人の方を見る。
「もしかして澪りんと涙(るい)ちゃんの三人で大事な話してたっぽい?」
「ううん。大丈夫だよ」
涙花と澪はは首を横に振った。そして近元が説明する。
「青春を謳歌しろって話」
「じゃあ次の授業も頑張って」と手を振ってこの場を後にする。女子生徒が大丈夫なら問題はない。
後ろから「ほいほーい」と見送る朱莉の声。いつもと変わらないその声に、何となく首を傾げてしまった。
もっと色々絡んでくる彼女だと思っていた。プライベートで先生に会ったことを、まるで自慢するかのように声を大にして言うタイプだと思っていたのだ。
しかし蓋を開ければそんなことは全くなく、誰にも話していないようだった。
(勝手な思い込みだったなぁ、反省)
今日一日平和に学校が終わり、近元はいつものスーパーに寄った。
一人暮らしの家に近い、よく使うスーパーだ。品揃えも良く、そしてなにより安いのがありがたい。
酒と共に食べるつまみを探しに行けば、あの夜に貰ったお菓子の売り場を見つけて足を止めた。
勝手に生徒の性格を決めつけるのは教師失格だ。思い込みせず、生徒と向き合わなければ。
「伸びしろ伸びしろ」
近元はひとり頷きながら貰ったお菓子とは違う味のそれを取ってレジに並んだ。
「いらっしゃいませ~、お待ったせしましった~っ!」
声がハキハキしている店員だ。こちらまで元気になってくる。先ほど反省したばかりだから尚更。
「あれ、近ちゃん? エンカウント率高くね?」
「え?」
カバンから財布を探していた手を止め、顔を上げる。そこにいるのは髪の毛を一本に縛っている若い女性。いや、子供。
「えっと」
見たことがある。見たことがある顔だ。でもピンと来ない。
すると彼女は笑って結んでいる髪の毛を見せた。一つにまとまっている先、巻かれたそれも見たことがある。
「クルクル巻き毛の朱莉ちゃんだよ!」
「玖凪さん⁉」
そうか髪型が違うから分からなかったのか! ようやくピンと来た。
驚いている近元に彼女は笑顔でニッと笑って言った。
「近ちゃん、先生するの大変だったね! お仕事お疲れさんさーん!」
「…………」
まるで弾けた星(えがお)が流れるように。そしてその流れた星は近元の胸にトスっと刺さった。
――――あれ、デジャブ?
さんさーん、とは何だ。
太陽か? 可愛い。
ピ、ピとスキャンしていく朱莉は固まった近元を気にしていない。
テンポよく商品をカゴからカゴへ入れるその様はどこかノリノリで。
笑顔なんて学校で何度も見ているのに、髪の毛を一本に縛っているいるからか、いつもと違う笑顔に見えた。
さんさーん。
お日様はあなたです。
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