④気付いちゃった

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④気付いちゃった

~*最初から、流れ星は俺の胸にトスっと刺さっていたじゃん。*~  実家はこれでもかというほどの田舎で、山が見えるのではなく、半分山の中で住んでいた。 『じいちゃん! おろしてーっ!』 『なんじゃい、その枝に足引っかけてみぃ。すぐ下りられるぞい』 『やだ怖い! 怖いよ!』 『朔太郎は相変わらず怖がりじゃー』  日によく焼けた肌と白いシャツ。麦わら帽子をかぶって、深い皺を刻んだ顔で笑う。  下がった眉毛が柔らかい印象を与えるけれど、やっていることと言っていることは鬼畜そのものだ。 『ほれ、足を伸ばせ。下りてこい』 『木に上げたのじいちゃんじゃん! じいちゃんがおろしてよ!』 『ワシが下ろしたら意味ないじゃろ。お前さんの力で下りてこい』  いいか朔太郎、と続ける。 『やってみないで諦めるな。落ちそうになったらワシがキャッチしてやる』 『うそだ! 前もそう言ってたのに、俺が転んだのを笑って見てた!』 『……あれはな、ワシが悪かった。でも今日はちゃんと受け止めてやる』 『ううう~』  短い足を必死に伸ばす。届くか届かないかの距離に太い枝があって、そこに足さえつけば、この高さなら飛び降りても問題ないだろう。  木の幹に抱きつくような体勢を浮かせ、手も伸ばす。するとその枝に足が届き、ゆっくりとそちらへ移動していく。そしてそのまま一気にジャンプすれば、尻もちをつきながらも地上へと無事下りられた。 『よくやった朔太郎!』  そんな孫を抱き上げ、嬉しそうにクルクル回るじいちゃんだが、孫の方は大粒の涙を零しながら『もうやだ!』と泣き叫んだ。 『じいちゃんはいっつも意地悪する! だいきらいだ!』 『そうかー。それはスマンなぁ』  全然気持ちのこもっていない謝罪。 『でも最初から諦めてたら、人生つまんないぞい』  ミーンミーンとセミの音が鳴り響く。セミの抜け殻を集めるのは毎年の恒例行事で、でも見つかりすぎて夏が終わる前に飽きてしまう。  でもじいちゃんは、集めたセミの抜け殻を見せればよく褒めてくれた。 『昔、お前さんはセミにも触れんで泣いとったやろ? でも今は素手で捕まえてきよる。クワガタもそうじゃ。ウチにいるクワ太郎の面倒をちゃあんとよく見てる』 『うん』  ズビズビ鼻を鳴らしながら頷く。 『触ることも出来なかったのに、今はペットにまでしてるな。今日も頑張ったから、今度は木に登って自分でクワガタをとることが出来るぞい』 『ほんと?』 『おう、ほんとほんと』  じいちゃんはまた孫を抱きしめて回った。 『出来ることが増えるのは楽しいじゃろう? やりもせず無理無理言うのは勿体ないってもんじゃ』 『でも怖いことはしたくないよ』 『そうよなぁ。まぁそこは諦めい』  ニシシと笑うその顔は、下がり眉毛にも負けないくらい、星が弾けたような笑顔だった。 『じいちゃんはお前さんに好きも嫌いも、面白いも面白くないも、たっくさんのことを味わせてやったるからな』 「やだよ、じいちゃん」  自分の声でパチリと目が覚める。  近元はまだ働かない頭でぼんやりとついていないテレビを見つめ、それから「あぁ夢か」と呟いた。  でもまだよく分かっていなくて、枕に顔を押しつけてからもう一度「夢か」とハッキリ言葉にした。そこでようやく昔の夢を見ていたのだと理解した。 「あー、懐かしい」  泣いていた小さい頃の自分には悪いが、クスクスと笑ってしまう。孫と祖父のやり取り。ひと時代前の教育方法。きっと今では色々と問題視されてしまう案件だろう。  じいちゃんはその言葉通り、近元に沢山のことを経験させた。良いことも悪いことも、楽しいことも辛いことも。いっぱい振り回されたし、危ない目にだって何回も遭った。  泣きながら、大嫌いだと何度叫んだだろう。それでも本当にじいちゃんのことは嫌いになれなくて、むしろ両親にも驚かれるくらいじいちゃんっ子だった。  結局のところ、沢山のことを教え、そして褒めてくれるじいちゃんのことが大好きだったのだ。 「久しぶりだなぁ、じいちゃんの夢見るの」  上半身を起こし、伸びをする。  カーテンの隙間からは、早く開けてと催促するように太陽の光が差し込んでいる。冬を終え、朝が来るのも随分早くなったものだ。  ベッドの枕元に置いてある眼鏡を掛け、スマホを手に取って鳴る前のアラームを止める。そしていつものように手を伸ばしてテレビのリモコンをいじれば、パッとニュースが流れた。ふあぁと欠伸をして再度伸び。  朝は苦手じゃない。むしろ夜の方が苦手だ。だがそれは家が農家だったからという理由よりも、じいちゃんが早起きで、いつも叩き起こされていたからである。それに近元はまた小さく笑った。 「おはよ、じいちゃん」  テレビが置いてある棚の隣にある写真に声を掛ける。満面な笑みを浮かべたじいちゃんは、先ほど夢で見た顔と同じもの。  そのじいちゃんの写真の前には、ひとつのお菓子。例のハッピーのお裾分けだ。  あの夜、朱莉からもらったそれをじいちゃんに見せて、じいちゃんにもハッピーのお裾分けですとお供えをしたまま。  食べないのは勿体ないけれど、食べて捨てるのも何だか勿体なくて。賞味期限が近いような類いではないから腐る心配はないのが救いだ。 「でもいつかは食べるよ」  自分に言い含めるように、そうじいちゃんに言う。  同じ下がり眉毛だ。『本当に食べるんかお前は』と困ったように笑っているように見えて――――唐突に浮かび上がった。  ニシシと笑うその顔は。 『近ちゃーん!』  まるで弾けた星(えがお)  あぁ、そうか。  あの子の笑顔はじいちゃんの笑顔に似てるんだ。 「あー……」  眼鏡に指紋が付くこともいとわず顔を両手で覆い隠す。  なるほど、そうか、そうか。 『まぁそこは諦めい』 「じいちゃんは黙ってて」  顔を隠したまま近元は聞こえた声にぴしゃりと返した。    セミの声はまだ聞こえない。でも桜が散って青々と茂る木に現れるのもすぐだろう。  移りゆく季節と、テレビに流れる日々の情報。  春には不思議と増える不審者のニュース。女性キャスターが真面目な顔でそれを読み上げていたのを、近元は気付かなかった。
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