第4話『運命は空から落ちてくる』

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第4話『運命は空から落ちてくる』

結論から言うのであれば、ミラが使った癒しの魔術は失敗した。 しかし、表面上は完全に痛みが無くなり、白い肌を取り戻した両腕を見て、何の不満が言えよう。 ぺリアにとって、ミラは決して現れる事が無いと思っていた救いだ。 歴史に残るどんな偉大な聖女や英雄よりも、心を寄せるのは当然の事であった。 そして、ミラは魔力切れで意識を失う直前に、未だ残る体の傷は必ず癒すと誓ってくれたのだ。 ぺリアは力を失い、自分の腕の中に倒れてきたミラをそっと抱きしめながら、再び涙を流した。 これは悲しみの涙では無い。 歓喜の涙だ。 「……ぺリア」 「ママ。ママもありがとう。この子を、ううん。この方を連れて来てくれて」 「いや、偶然だよ」 ママは深く息を吐きながら、ミラを見つめた。 そう。偶然だ。 街で見知らぬ子が居ると呼ばれ、漏らしてしまった言葉に興味を持たれ、付いて来てしまっただけの子供。 しかし、それが長年ママたちを苦しめていた問題を一つ溶かしてしまった。 まだ完全な解決では無い。 ミラからすれば失敗だ。 だが、違うのだ。 ママやぺリア。そしてぺリアを想っていた姉や妹達からすれば、これは奇跡なのだ。 棄てられ、見向きもされず、傷つけられ、蔑まれてきた彼女たちにとって、自分たちの前にミラが現れた事自体が奇跡に等しい。 だからこそ、ママは悔しさに拳を強く握りしめた。 そう。ママは一人で強く生き抜くために武力だけでなく、知識も増やしてきた人間である。 ミラが示した様な力を持つ人間が聖女と呼ばれ、聖女と呼ばれる存在がどの様な扱いをされるかも、よく知っていた。 世界平和の為の生贄。 ママの知る世界で聖女とはそういう存在であった。 戦争が起こらぬよう。世界が破滅する様な事態にならぬよう。抑止力となり、生涯世界中に監視されながら、豪華な部屋に閉じ込められる囚人だ。 幸せには程遠い。 夢を追う事も出来ず、愛する人と結ばれることも出来ず、次なる聖女を生み出す為の器として『使われる』のだ。 これほど世界の仕組みをおぞましいと感じた瞬間は無いだろう。 「……」 そして、ママは一つの決断を下す。 今までどんな困難にも立ち向かってきたママにとって、この決断はそのどんな物よりも恐怖を感じる物だ。 しかし、それでも娘の恩人に対して不義を働く様な事は出来なかったのだ。 「アンタたち。一つ約束だ。今日、ここで見た事は誰にも言うんじゃないよ」 「……」 「もしかしたら、その事でとんでもなく偉い奴に何か言われるかもしれないけど、その時は、アタシに強要されたって……」 「ねぇ、ママ」 ママの言葉を遮る様に口を開いたのは、一番上の娘であった。 ママが一番最初に見つけ、引き取った娘だ。 彼女は柔らかい視線をミラに向けながらママに言葉を渡す。 「もし。この子の奇跡を誰かに話したら、この子が酷い目に遭うの?」 「……っ、あ、あぁ」 「分かった。じゃあ、私も誰にも言わない。これはママに強要されたからじゃないわ。私がそうしたいと思ったの。だから、そんなに辛そうな顔、しないでよ」 「……レティ」 「私はさ。ママに救われた。でもそれは体だけじゃない。心を救われたの。この世界で生きていても良いんだ。って思えたんだ。だから、そんなママに私は憧れて、今もここにいる。大切な家族と一緒にね。でも、そんな家族の痛みを、ママみたいに助けてくれる子が現れて、それがこんなに小さな子で。しかも私たちを助けてくれた事がきっかけで苦しい想いをするかもしれない? そんなの許せるわけ無いじゃない。私はさ。大した力も持ってないけど。生きるって事に関してだけは、自信があるんだ。だからさ。もし。この子を庇った事でママが危ない目に遭うのなら、この子を連れて、一緒に逃げよう? 世界の果てだって。家族が居れば、怖いものなんて何も無いでしょう?」 「……はぁー。アンタって子は。誰に似たんだか」 「ふふ。そんなのママに決まってるじゃない」 「ちょいちょい。勝手に話を先に進めないでよ。レティ姉さんとママが一緒に逃げるなら、あたしも一緒に逃げるっての」 「そうそう。勝手に新天地へ引っ越しなんてズルいよねー」 「分かる」 「みんな……!」 「まー。そういう訳さ。家族なんてのは血の繋がりだけじゃない。逃げるならみんな一緒でだ。そうでしょ? ママ。レティ姉さん」 「そうね」 「ハァー。まったく。どうしようもないバカ娘たちだよ。でもしょうがない。こうなった以上はみんなで世界のどこへでもだ。この子を。ミラ様をみんなで護ろう」 「そうだね」 それから、ミラの事は娼館の人間に共有され、昼過ぎにはミラを引き取りに来た騎士に受け渡し一時の別れとなった。 しかし、それからもミラはちょくちょく家を抜け出しては街へ行き、人々を癒し、街の人たちに見守られながら日々を過ごしていくのだった。 そして。それから二年の月日が経った。 ミラは、八歳の誕生日を迎え、誕生日プレゼントとして要求した本を読む為に王城へと来ていた。 親バカここに極まれりである。 いくら娘に頼まれたからといえ、王城に私的な理由で来るなどあり得ない。 と、常識のある者ならば誰でも思う事であるが、残念な事にメイラー伯爵家にその様な常識を未だ持っている者など居ない。 さらに言うのであれば、一度目の訪問で書庫の管理者や、書庫に入り浸る少女が居るという噂を聞き、覗きに来た宰相こと、グリセリア家の陰険眼鏡もミラの魅力に完全敗北しており、今では息子の嫁にとまだ八歳の少女に迫っている。 とても正気とは思えないが、ミラの周りではミラが中心に世界が動く事こそ常識なのだから仕方がない。 これでミラが見た目だけの常識のない少女であったなら、皆この呪いから解放されるのだが、残念な事にミラは成長と共に善性も大きく成長しており、また危なっかしい程の行動力は周囲の人間の保護欲を高めるだけであった。 しかし、そんな環境は、ミラの唯一の欠点である冒険心が強すぎるという点を大きく悪化させており、今日も今日とて、ミラの行動を止めたいが、止められないメイドや騎士達に見つめられながら、王城の中庭で見つけたばかりの魔術を試すべく魔力を集めていた。 「背中に翼ですか! 素晴らしい発想ですね!」 「み、ミラ様。危険な事は……」 「大丈夫です! 中庭は広いですし。周りの人には迷惑を掛けない様に気を付けます。いざとなれば、城の外へ向かうか、壁にぶつけて勢いを抑えますので、お気になさらず!」 「いえ! そうではなくてですね。御身に何かあれば……」 「では、いきます!」 「ミ、ミラ様ー!!?」 ミラは止めようとするメイドの言葉を軽く流し、光と風の魔術を組み合わせて背中に翼を作り、空へ舞い上がった。 どこまでの蒼い空の向こうへ飛んで行くミラは、すぐに速度を上げ、自由自在に動き回る。 その姿はまさに自由の象徴。とでも言うようなものだが、メイドや騎士たちからすれば悪夢そのものであった。 ミラ様が喜んでいるのは嬉しい。 しかし、もし落ちればと考えれば気が気では無い。 そしてその最悪な想像は、最悪な結果に繋がってしまった。 ミラの体が不意に失速して落ち始めたのだ。 騎士たちは絶叫を上げながら走り、メイドの中でも神経の細い者は意識を失ってしまった。 だが、ミラもただでは落ちないぞとばかりに上手く風を操って飛び、王城にある一つの部屋に窓から突っ込むのだった。 ミラが突っ込んだ窓の中には退屈そうに本を読んでいた一人の少年がおり、ミラはここで一つの運命と出会う。 「あいたたた。上手くいくと思ったのですが、やはり知識と実践は違うという事ですね」 「……と、突然なんだ君は」 「あ、これは失礼いたしました。書庫にありました……背中に翼を作り、飛ぶ魔術を使おうとしまして、失敗してしまいました。ご迷惑をお掛けしまして。大変申し訳ございません!」 「背中に翼……? 風の魔術が使えるのなら、普通に飛べばいいだろう」 「いやいや! 背中に翼を作るなんて、凄く格好いいじゃないですか!」 少年の名はセオドラー。セオドラー・レスタ・ヴェルクモント。 ヴェルクモント王国の若き王太子であり、将来ミラの婚約者となる少年であった。
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